栗田 亮
「トレンド」という言葉をよく耳にするのはなぜですか?
「トレンド」の背景にある理論
前回見たように、「トレンド」と言う言葉は比較的新しい言葉です。最近になって、この言葉が頻繁に使われるようになったのには、なにか理由があるのでしょうか。
こんなグラフを見たことはありませんか?
これは「プロダクト・ライフサイクル理論」といって、「工業製品(プロダクト)にも人間と同じように寿命がある」という考え方を示した概念図です。
1966年にアメリカの経済学者であるレイモンド・バーノン(Raymond Vernon)が提唱した理論で、Product Life Cycleの頭文字をとって「PLC:ピー・エル・シー」とか、「製品ライフサイクル」とも呼ばれることもあります。
その後、フィリップ・コトラー(Philip Kotler)というマーケティング界の重鎮が、取り上げたことで、「プロダクト・ライフサイクル理論」は広く知られるようになりました。コトラーは、マーケティング戦略を定式化するために、この理論が役に立ちそうだと考えたのです。
コトラーの代表作「マーケティング・マネジメント」は、1967年の出版以来版を重ね、(そのたびに内容を書き換え)、現在第12版になっている重厚な著作です。日本語版は一冊9,180円もしますが、世界の経営大学院で採用されていていることもあり、「プロダクト・ライフサイクル理論」は現代のマーケティングのテキストでは必ず紹介される理論になりました。
「プロダクト・サイクル理論」とは
プロダクト・ライフサイクルの理論によると、プロダクトにはそれぞれ独自の寿命があり、
1.導入期
2.成長期
3.成熟期
4.衰退期
の4つの期間で構成されます。
1.導入期
導入期は製品が市場に導入されて販売が開始された時点から、徐々に販売数が伸びてゆく期間で、市場へ製品を導入するために多額の費用が発生するため利益は無いことが多い。
2.成長期
成長期は製品が市場で受け入れられ、大幅に利益が得られる。
3.成熟期
成熟期は製品が市場の潜在的購入者のすべてに行き渡り、成長期での販売の伸びに比べて減速する期間である。利益は安定的に得られるか、または競争の激化によって減少する。製品ごとの成熟期の長短がそのライフサイクル全体の長さを決める主要な要因となる。
4.衰退期
衰退期は製品の売上が減少してゆき、利益もそれに伴って減少する期間。
「プロダクト・ライフサイクル」、つまり工業製品の寿命は、売上高と時間の関数で決まり、一定のパターンを示す。という、たいへん気持ちの良い理論です。
このライフサイクルの曲線を定式化し、
・導入期のコストを抑える
・成熟期の期間を伸ばす
・衰退期を見極めて新しいプロダクトを市場に投入する
などのマーケティング戦略を行おう、というのが「プロダクト・ライフサイクル理論」の基本コンセプトとなります。
「プロダクト・ライフサイクル理論」の問題点
しかし、実務に即して考えると、プロダクト・ライフサイクル理論には大きな弱点があります。
たとえば、この理論では、ライフサイクルのパターンを3つに分類し、それぞれ「フェッド」「ファッション」「スタイル」という名前をつけて説明します。
1.スタイル
「スタイル」は、住宅、衣服、芸術などでのあまり流行に左右されない基本的要素によって、長く続いてゆく場合に描かれる曲線である。多少の流行とすたりを繰り返しながら、長ければ何世代にも渡って続いてゆく。
2.ファッション
「ファッション」の曲線を描く商品は将来の売れ行きを予測することが最も困難なものの一つである。購買者の美的感覚に訴えることで販売機会を獲得する製品が多く、他の同カテゴリーの製品とは差別化が図られなければならない。新奇性を求める購買者によって短期的に販売が伸びても、差別化は同時に快適性や汎用性などの実用性の面で制約を受け易く、また、あまり販売数が伸びると模倣品を含めて同一デザインのものが市場にあふれて新奇性が急速に失われ、陳腐化してしまう。
3.ファッド
「ファッド」は上記「ファッション」の一種であり、急速に販売が伸びて、すぐにピークに達し、その後急速に販売が落ちるという曲線を描く。新奇性だけでごく限られた購買者にの購入され、市場の大多数の購買者のニーズに合致していない場合に起きる失敗例といえる。ファッドを避けるには新奇性を常に維持するために、多種の新たなデザイン、ストーリー、内容に差し替えて購買者の興味を持続させる工夫が必要となり、それによって製品の寿命は長くできる。
ところが、実務に携わったことがある人なら誰でも知っているとおり、実際の「ファッション」の売れ方は、このようなきれいな曲線を描くことはまずありません。なぜなら、売上高は、商品の価格やシーズン性、在庫数量や販売促進などで大きく変わるからです。
いくらデータを集めても、定型パターンは現れず、それを定式化しようという試みはうまく行っていません。
この理論では、ライフサイクルの各段階を決定する要素は売上高しかないので、企業活動が売上高に影響を与える以上、それを主要素としてライフサイクルを定式化しようとすること自体が難しいのだと思います。
実際、「プロダクト・ライフサイクル理論」の概念図は教科書では嫌というほど紹介されているのに、現実のデータを使った実証研究はきわめて少ないのです。提唱されて50年も経つのに、実用的なツールにはなりえていません。
プロダクトの寿命を、定式化されたパターンから予測することは、難しいのです。
結局、自社プロダクトが、ライフサイクルのどの段階にいるのかは、データの変化をもとに、経験や勘で判断してるのが現実です。
本来ならそのコンセプト自体を見直すべきなのだと思います。
にもかかわらず、冒頭の概念図だけは奇妙なほど普及してしまい、今でもマーケティングの教科書では不変の法則のように教えられています。
すでに、現代人の固定概念となってしまっているようです。
そして、この辻褄を合わせるための便利な言葉が「トレンド」なのだと思います。
「トレンド」は情勢が変化・発展する際の大まかな方向や勢いを指しますから、「トレンドだから」と言えばなんでも説明がついてしまう。
理論と実際のギャップを埋めてくれる「魔法の変数」なのです。
「トレンド」という言葉の使用頻度が高くなった背景には、このような事情があるのだと思います。
まとめ:「トレンド」という言葉をよく耳にするのはなぜですか?
プロダクト(工業製品)にも人間と同じように寿命がある
プロダクトごとにライフサイクル(導入期~成長期~成熟期~衰退期)を定式化できるはずだ
この定式化パターンを元にマーケティング戦略を実施しよう
というのが「プロダクト・ライフサイクル理論」
↓
しかし、実際の「プロダクト・ライフサイクル」は多様
企業活動自体の影響を受けるので定式化がむずかしい
定型パターンからプロダクトの寿命を予測することは困難
実際は、データの変化をもとに、経験や勘で判断している
↓
しかし「プロダクト・ライフサイクル理論」の概念は常識として普及している
その橋渡しをしているのが「トレンド」という便利な言葉
「トレンドだから」でなんでも説明できる
理論と現実の乖離を修正する「魔法の変数」
結果「トレンド」という言葉の使用頻度が高くなる
今日はこれまで。
(キンコンカン)