久保 雅裕
世界を疑似体験する旅「第32回東京国際映画祭」<前編>
第32回国際映画祭のミューズは広瀬アリス
2019年10月28日から11月5日まで開催された第32回東京国際映画祭が閉幕した。今回は、TOHOシネマズ六本木とEXシアターのP&I上映11本を観ることができた。
毎回、世界の作品に触れることで世界を疑似体験し、歴史から学び、今を生きるヒントをもらう事ができるこの機会に感謝している。
©2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会
さて今回初めて経験したのが、上映後の会場からの拍手。何年も取材しているが、マスコミ向けのP&I上映で拍手が起こったのは、初めての事だったから少々面食らった。何せクールに観る人たちばかりなのだから。その作品は『i―新聞記者ドキュメント―』で、11月15日から新宿ピカデリー、ユーロスペースほかで公開される。今年ヒット作となった『新聞記者』のリアルドキュメント版で、モデルとなった「東京新聞」の望月衣塑子記者を追いかけたものだ。社会部の記者でありながら、官邸記者会見に出席し、政府側司会者からの発言妨害を受けながらも果敢に挑戦する女性記者の日常の取材活動に密着した力作だ。森友学園問題では、籠池夫妻に独占取材したり、辺野古埋め立て問題の現地取材などでも徹底して疑問をぶつける彼女のスタンスは、ジャーナリストとして当然至極のことなのだが、メディア全体が忖度と同調圧力に屈している今日の危機的状況を分かりやすく詳らかにしてくれる。そしてなんと日本映画スプラッシュ作品賞を受賞したのだ。審査員たちの矜持に敬意を表したい。
© 「海辺の映画館―キネマの玉手箱」製作委員会/PSC 2020
さらに映画の在り方は、軍靴の足音が聞こえてきそうなこのご時勢に警鐘を鳴らす機能を強めているようだ。今回の映画祭で特集された大林宣彦監督の最新作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』は、今夜限りで閉館する映画館で戦争をテーマにした上映作品の中へタイムリープする3人の若者という設定で、時にはコメディーのように、時にはCGとアニメのコラージュのように、そして時にはファンタジックな寓話のように展開していく。戊辰戦争、中国大陸への侵略、沖縄戦、広島原爆投下と戦の惨めさ、愚かさ、人々の切なさを訴える。2020年4月公開予定だ。
©Teresalsasi
スペイン・アルゼンチン映画『戦争のさなかで』は、ナチスドイツの後押しを得て政権獲得したフランコが台頭する時代に生きた哲学者で劇作家のミゲル・デ・ウナムーノを描いた作品。ファシズムを甘く見ていたことに気づき、自身が学長を務めていた内戦下のサラマンカ大学で、反乱軍(フランコ軍)兵士を前にスペイン人すべての平和を願った反戦演説を行い、学長を更迭されるまでを描く。だんまりを決め込むこともできた環境だったが、壇上で耐えられず、演説を始めるウナムーノの哲学者としての信念が、観る者に鋭く問いかけてくる。
『戦場を探す旅』はフランス・コロンビア合作で、1860年代、当時は黎明期だった報道カメラマンがメキシコ干渉戦争中のフランス軍の写真を撮りに行く道程の話だ。フランス軍将軍の許可を受けた報道カメラマンがジャングルを戦場探しに歩く。現地のメキシコ先住民と出会い、彼を弟子に連れ歩きながら戦場へとたどり着く。弟子との友情も生まれ、いざ戦場の写真を撮れるかと思いきや。実はクリミア戦争で息子を失った事を心に仕舞い込んでおり、息子の惨状の追体験が目的だったのかもしれない。
「正義」のもとに「正義」の存在しない戦争を繰り返す人類の目を覚ますことは、いつになったらできるか。>>後編へ続く