久保 雅裕
世界を疑似体験する旅「第32回東京国際映画祭」<後編>
©Authrulu (Shanghai) Digital Media Co.,ltd.©Youth Film Studio
続いてテーマに挙げられるのは都会と田舎、閉ざされた社会や因習とその外の世界といった環境の対極性。
中国映画の『チャクトゥとサルラ』は、内モンゴルに住む夫婦の関係性を閉じた社会と開けた社会の対比で描いている。夫のチャクラは、大草原での慎ましい暮らしに飽き飽きして、都会へと出たがり、妻のサルラは自然や動物と共に生きる毎日を大切に思う。互いに必要としていながら、すれ違う二人の日々を美しい草原の景色と都会化が進む街を交えながら描き、最優秀芸術貢献賞を獲得した。
©BNK48 FILMS
タイの『私たちの居場所』は、BNK48のメンバーが数人登場する青春映画。ジェニスが演じるスーはフィンランドへの留学を目指すが、本音は今の暮らしから逃れたいだけのよう。ミュージックが演じる親友のベルは、そんなスーを支えるが、自身はこの田舎町から出ようとは考えていない。二人が抱える家族や亡くなった母親への想いなどが交錯して、タイの田舎町と世界との乖離を感じさせる。
移民問題を絡めて田舎の地域社会の閉塞感を描いたスウェーデン映画『約束の地のかなた』は、ルーマニアから働き口を求めてスウェーデンにやってきた少女サビーナと街の少女エーリンとの間に芽生えた友情を軸に、移民に対する差別感も根強い田舎町の風景の中で、彼女たちの交流と旅立ちを見つめた作品だ。舞台となる街には、汚染物質を川に流す工場があり、時折、飛行機がこの汚染物質を中和させるための薬剤を散布するが、これが雪のように見えて美しくもあり、毒々しくもある。まるで原発施設を補助金で押し付けてきた日本各地の美しき田舎町が重なって見えるようだ。都合の悪いものを田舎に押し付けて、その田舎町は移民を排除したいと頑なに保守化していく。社会全般に通底する課題をさりげなく織り込んで、ピュアな二人の少女の友情だけが明るい未来を指し示しているという事かもしれない。
©Kaz Film
トルコ映画『湖上のリンゴ』は、凍った湖上に落ちている1個の齧りかけのリンゴから始まる。それがどうしてそこにあるかが紐解かれていく。1960年代のアナトリアの田舎町を舞台に母と暮らす少年ムスタファの初恋の話。ムスタファは、アシュク(吟遊詩人)になるため、親方のもとで修業に励む。初恋の少女から赤いリンゴを土産として頼まれる。アシュクの技を披露する会がまるでラップバトルを思わせて面白い。歌いながら、対戦相手を罵倒するのは、実は昔からある作法なのだと発見させられる。さて旅先からリンゴを持ち帰ったムスタファは、少女の婚礼の宴でリンゴを渡し、民族楽器のサズを弾き歌う。親方も歌うのだが、それを遮るように新郎がダンス音楽を命じて、民俗音楽はかき消されてしまう。この辺りに消えゆく伝統と現代化の波の相克が垣間見える。
©Bagnold Films Ltd 2019
『バクノルド家の夏休み』はイギリス映画で、青年と母親の交流を描く。夏休みに離婚した父親が住むフロリダに行く予定だったが、ドタキャンになってガッカリの15歳、ダニエルはヘビメタ好きで、その風貌と態度からアルバイトがなかなか決まらない。図書館勤務の母親はダニエルの学校の歴史教師にデートに誘われる。揺れ動く母と息子の掛け合いが愛おしい作品。ロンドン郊外の長閑な住宅街からフロリダへ行く憧れやヘビメタバンドの未来など、広がる世界への未来を感じさせるハートウォーミングストーリーだった。
©2019「花と雨」製作委員会
『花と雨』は、ラッパーSEEDAのアルバムから着想を得て作られた。主人公の青年を若松将、彼を支える姉役が大西礼芳。そして大麻密売組織の女親分役が紗羅マリーなのだが、彼女はミュージシャンでもあり、ストリートブランド「イロジカケ」のデザイナーでもある。さて本題へ。心の葛藤をラップで歌にぶつける主人公だが、大麻の栽培、売人へと手を染めて転落していく。理想と現実、闇社会と表社会、「板子一枚下は地獄」の不条理を垣間見せ、閉ざされた世界とその外界の狭間でもがく青年群像も都会化の歪みと矛盾の産物なのだろう。そこに潜む人間の弱さが本作の主要な観点のような気がした。2020年1月17日からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開予定。
東京国際映画祭を通じた映画を巡る旅は、インナートリップでもあり、世界を疑似体験する貴重なツールでもあると、つくづく思った1週間だった。