久保 雅裕

2018 02 Mar

金が金を生むことに無頓着な人々への警鐘かもしれない 映画『修道士は沈黙する』

©2015 BiBi Film-Barbary Films

以前、『Journal Cubocci』で書いた『大いなる沈黙へ~グランド・シャルトルーズ修道院』の配給会社もミモザフィルムズだ。かなり高度な解釈が必要な、ある意味挑戦的な作品を世界から買い付けてくるようだが、今月公開される『修道士は沈黙する』も別の意味で解釈に苦労させられる作品だった。

前述した作品は、完全なるドキュメンタリー映画で、フランスの山奥に現存する戒律の最も厳しい修道士たちの日々の姿を全くの無音で提示した。「聞こえてくるのは、鳥の鳴き声、雨音や風の声など自然が届けてくれるサウンドと修道士が動くことによってもたらされる衣擦れの音、床やドアの軋み音、そして石造りの部屋にこだまする聖歌と鐘の音。日曜日の午後にだけ許される会話の時には、修道士たちの俗人的な姿を垣間見ることができ、ほっとさせるシーンもあり、また自給自足のための畑仕事に精を出す老修道士の姿にミレーの『種をまく人』が重なります。」と解説したが、3時間という長さで淡々と続くシーンに俗世を忘れさせる効果は抜群だったと記憶している。

さて本作は、『大いなる沈黙~』とは全く無関係なのだが、主人公の人物は、この修道院の修道士を想起させるものだった。

バルト海に面した高級リゾート地、ハイリゲンダムで開催されるG8財務相会議の前夜、国際通貨基金専務理事のダニエル・ロシェは各国の財務相に加えて、異色の3人のゲストを招いて自分の誕生祝いを開催する。会食後にロシェはゲストの一人、イタリア人修道士、ロベルト・サルスを自室に呼び、告解をしたいと告げる。告解とは、懺悔のようなものらしい。しかし、経済と金融の力で政治を操り、思うがままにしてきたロシェにとって、自らを否定的に捉えることはプライドが許さないらしい。そんな機微を読み取りながら、サルスはロシェの話を聞き、それに答えていく。

そして翌朝、ビニール袋を被ったロシェの死体が発見される。自殺か他殺か?警察の極秘捜査が続けられる中、告解を受けたサルスは戒律上、口をつぐむ。そして発展途上国の経済に大きなダメージを与えかねない重要な決定を発表する記者会見の時間が迫ってくる。各国財務相の政治的駆け引きに巻き込まれたサルスは、ロシェの葬儀で自らの思いを語り始める。知ってしまった恐ろしい企みに対峙し、ロシェから託された方程式を武器に、この決定を翻すことができるのか。

脳をフル回転させて、推理していく面白さは抜群だ。一方でファッション産業もこのグローバル経済のほんの一部に過ぎず、ちっぽけなセクターなんだなと改めて思わされたと同時に、「人間の欲と善なるものの挟間で生きていくことの価値とは何か」という問いと想いが脳裏を過ったのは確かだった。

2018年3月17日よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。