久保 雅裕
虎門で見た「中国アパレルの次の顔」~Global Fashion Conference 2025 に参加して

中国・虎門で開かれた「Global Fashion Conference 2025」の会場に足を踏み入れたとき、私はこの地域が過去30年にわたり世界のアパレル生産を牽引してきた場所であることを、改めて思い起こしていた。しかし今回の基調講演で語られた内容は、その延長線ではない。
中国は今、全く新しいステージへと向かおうとしている。
生産大国から価値創造国へ
講演冒頭では、年間70億枚を生産し、輸出額1,600億ドルを超える中国アパレル産業の圧倒的な規模が紹介された。これ自体は驚く数字ではない。しかし私が注目したのは、その先に続いたメッセージだ。「これからはブランド・資本・デジタルを統合し、世界で価値を創造するステージへ進む」。つまり中国は、製造の国ではなく、文化と価値を発信する国としての位置にシフトしようとしている。会場の空気は、その自信に満ちていた。
サステナイビリティーは、もはや避けられない共通課題
続くパートでは、環境とガバナンスの問題が真正面から扱われた。EUのCSDDD(企業持続可能性デュー・ディリジェンス)をはじめ、世界の規制が一気に強まりつつある。
「2024年、平均気温がついに1.5℃を超えた」
そのスライドを目にした瞬間、会場全体が静まり返った。これは、アパレル産業だけの問題ではなく、人類としての課題だ。日本の産地も、中国のサプライチェーンも、欧州のブランドも、同じテーブルにつかざるを得ない時代が来ている。

SHEINに象徴される新時代の速度
さらに印象的だったのは、デジタル主導で世界を席巻する「SHEIN」の存在を、中国自身が新しい成功モデルとして提示していたことだ。もちろん、欧州を中心に取り沙汰されている「人権」やサステイナビリティー上の問題点が脇に置かれていたのは、お国柄というか、仕方のないことなのかもしれないが。
いずれにしてもAIによる需要予測、試作なしで市場投入する超高速プロセス、越境ECの爆発的拡大。これらは、従来のファッション業界とは全く異なる発想に基づいている。
中国は、単にこのモデルを成功例として語るのではなく、「世界と共有するべき新しい産業アーキテクチャ」として提示していた点が興味深いと感じた。

分断ではなく共存を選ぶ——その政治的含意
講演の締めくくりで、中国側は次の4つの“Jointly(共に)”を掲げた。
開かれた産業発展、相互利益のファッション文明、公平で透明なガバナンス、強靭なサプライチェーン安全保障。これらは、一見すると抽象的なスローガンに見えるかもしれない。しかし、私はここに明確な国際メッセージを感じた。
地政学的な緊張、強まる規制、分断の動き。そんな時代だからこそ、「アパレル産業は共存のモデルになれるのではないか」という提案だ。

私自身が感じたこと——日本はどう関わるべきか
日本には、繊細な技術、品質への信頼、文化的深みといった強みがある。一方で、人口減や国内市場の縮小といった避けられない現実もある。今回の中国側のメッセージを前に、私はこう強く感じた。
日本は距離を置く相手として中国を見てはいけない。むしろ共に新しいファッションの未来をつくるパートナーとして向き合うべきだ。アパレル産業は、本来「文化」と「人」をつなぐ産業だ。だからこそ、政治的な対立や経済の停滞ではなく、協調と創造にフォーカスした国際連携が必要だと考える。
結びに——虎門で見た未来の兆し
虎門の街は、かつての巨大な生産基地の姿を保ちながらも、デジタルと新興企業が混ざり始めた過渡期の熱気に満ちていた。今回の基調講演は、「中国アパレルが次の時代の主役になる」という宣言であると同時に、「世界と共に歩む道も選ぶ」というサインでもあったと思う。
その未来に、日本もどう関わるのか。私自身、CFD TOKYOの代表として、その問いと向き合いながら帰路についた。
