北村 禎宏

2019 30 Jul

契約書の有無

 およそ6000名を擁する芸人との契約書は存在しないとのこと。書面が存在しなくても契約関係は成立するが、言った言わないのトラブルの元だ。搾取型の社会モデルや富と権力(権利)の偏在が消えてなくなるどころか、より顕著に進行してくのが資本主義の宿命だ。

 コンプライアンスという言葉など聞かれることもなかった30年以上も前、法務部門に配属された私は契約実務、知財管理、デリケートなやり取りが求められる個人および組織との対応の三分野を担当することになった。。毎年新入社員が配属されて年々分担が細分化されていくことになるが、法学部出身とはいえ、いずれも在学中に履修した経験はなく、加えて真面目に勉学に励んだこともない私には戸惑いと追っかけの学習に明け暮れる毎日であった。

 川上、川下を問わず取引先の数さえ誰も知らないし、まして契約書などまず存在しない。川下については振込口座数と物流配分先の数だけは経理と物流部門でカウント可能だったが、法人および個人事業主の総計は上場準備が整うまでは不明だった。その後川上では下請法、PL法が制定整備され、より厳格な法務対応が求められていった。主要ブランドの知財の背景さえままなっていないバックグラウンドをどれほどの社員や役員が認識していたであろうか。

 法務部門のボスの腕前は、表裏ともに鮮やかなお手並みで細部にいたるまで冴えわたっていた。若造の私にはその価値と意味の半分もわかっていなかっただろうが、とことん絞られ続ける毎日は苦痛を超えて快感にすら思える今の基準でいうとパワハラ以外の何物でもなかった。

 企業が急成長する過程では、守りの業務が追い付かない収穫加速ゾーンがある。守りの業務にリソースを割かないから急成長が可能になる。収穫原則のフェーズに突入してから、よっこいしょと守りに入っていたのでは時すでに遅いが、おいそれとはいかないようだ。今では多くの企業で守りがことさらに強調、重要視され本来の成長が阻害されてしまっている感も否めない。

 ことほど左様に攻守のバランスをとることは難しいが、コンプラやハラスメントの行き過ぎた圧力が企業体力を奪っていることも間違いない。緩衝材としての軟骨がすっかりすり減ってしまった現代社会における極めて深刻な現状である。資本主義の正体に抗う断末魔としてのコンフリクトだとしたら、資本主義そのものも収穫減速ゾーンに突入したか?