北村 禎宏

2020 22 Jul

リモートリテラシー

 リモートリテラシーには、明らかに世代間格差が感じられる。当然、個人差もあるので、世代を十把一絡げに語ることは少々乱暴であるが、その違いには顕著なものがある。このリモートリテラシーは、そのままテレワークリテラシーとも言い換えることができるので、今後の仕事の有り様を模索する上でも重要になってくると考えられる。

 世代間格差は、コミュニケーションクライアントの利用原体験と深く関わっている。90年代前半のポケベル全盛期、そしてその後の携帯(まずはガラケー)の普及、時を同じくして職場と過程に一気に普及したPCとインターネットの登場によるメール文化の浸透、そしてスマホの登場、それからTwitter、LINEなどのSNSへと続いてきた。

 それ以前の80年代はというと、まだ固定電話中心の時代で、代表電話を受けた交換手が内線に接続する仕組みから、比較的小さな職場単位毎に代表番号を持つダイレクトインが普及して、テレックスがFAXに置き換わっていく、そんな10年であった。

 もっとも多感なティーンエイジャーの頃にどのクライアントを通じて友人知人と連絡を取り合ったのか、社会人としてデビューした際に、どの仕組みの洗礼を受けて仕事のやり方を身に付けていったのか、この二局面が文化とも言えるコミュニケーション習慣を各世代に強い影響を与えていると考えられる。

 私の世代は、ティーンエイジの頃、固定電話しか手段がなく、女性の友人に連絡をしたくて、でも親父さんが電話に出た際にはドキドキものだった。社会人では、配属先のダイレクトインにかかってきた電話にいち早く手を伸ばし、取り次ぐ仕事がルーキーの主たるミッションだった。

 どんな取引先様が、どんな声色で、誰に電話をかけてきたのか、そしてその後どのような会話が繰り広げられるのか、もちろん受け側の声した耳にはできないものの、右も左もわからぬ新人にとっては貴重な情報がストックされる絶好の学習機会であった。

 テレックスを打つために貿易部に出向くはじめてのお使いを通じて、他部署との接点が蓄積される。これ届けて来い、あれもらって来いという雑用で社内を走り回ることで、様々な知識とネットワークを構築することができたのが、80年代の企業に共通して見られた風景だ。さらに加えるならば、オフィスにはパーテーションはなく、大部屋方式のレイアウトが主流で、同じフロアであれば他のセクションで何が起こっているのか、直接的な音声もさることながら、空気感を通じて察知することもできたのが当時の様子だ。

 海外との連絡はテレックスではなくFAXで済ませるようになると、それは自部署のFAXで完結できるようになり、社内にシャトル便の仕組みが整うと、書類を届けたり取りに行く雑用は消えてなくなった。見る間にパーテーションでセクションを区切る習慣が普及し、フロアの空調がグダグダになって苦労した経験は多くのビジネスパーソンにとってのあるあるだ。

 携帯とメールが主流になり、コミュニケーションはOne2Oneのパーソナルな空間に閉じていった。電話は聞く話す文化を、メールは読む書く文化を最低限維持してきたが、つぶやきやチャット、そしてスタンプはコミュニケーションの記号化を促した。そこでは繊細なニュアンスや情緒的趣が交換されることはない。最小限必要なことがら、もしくはインパクトと代表性の強い表現でバッサリ言い切られるだけだ。

 大きな流れが見えてきた。雑音も多いけれど有益な周辺情報も伴って開かれた空間で交わされていたコミュニケーションが、直球で無駄はないけれど閉じた空間でパーソナルに交わされるように変化してきたという経緯だ。ここでは前者をアナログ交信、後者をデジタル交信と呼ぶことにする。スピードの経済性は明らかにデジタル交信が優れているが、範囲の経済性はむしろアナログ交信の方が優れている可能性が高い。私たちは付加価値をそぎ落としながら利便性を追求し続けてきたのかもしれない。

 そして、前者に軸足がある世代と後者に全体重がかかっている世代ではコミュニケーションスタイルが全く異なる。中間にはハイブリッド世代もいる。リモートリテラシーはデジタル交信世代との相性が極めて高い。アナログ交信世代とのそれは真逆である。テレワークがリモートでのコミュニケーションを前提とすることから、アナログ交信世代はテレワークとの相性もよいとは言えない。

 真面目に会社に顔を出してさえいれば何かしらの仕事が降って降りてくるビジネス習慣に慣れ親しんだ世代と、結果さえ出せばどこで何をしていてもかまわないという世界はまったくの別物だ。
不可逆的に進行していくようにも見えるワークスタイルの変化であるが、アナログ交信の付加価値をまんま放棄してしまうのはあまりにもったいない。

 アナログ交信世代がテレワークに対して発信する不平不満やコンフリクトのシグナルから、取りこぼしてはならない音源を聞き分ける配慮と能力が必要ではないだろうか。