北村 禎宏
撤退の妙
三浦さんの勇気ある撤退の報が日本中を駆け巡った。
概ね肯定的な反応であるが、ご本人の本心は忸怩たるものに溢れていると想像するに難くない。心臓に爆弾を抱えながらの挑戦には、そもそも論もあり得るが、この一事から多くのことを考えることができる。
選択肢としては設定しながらも、本人的にはあり得べからずオプションが撤退であった筈だ。ただし、ドクターおよび次男にとってはあり得べき高確率の選択肢におかれていた可能性は高い。
戦やビジネスにおいても、攻めるより守る方が困難で、撤退となるとさらに難易度が高くなる。攻めの一本槍のごとき信長ですら、金ケ崎の戦いでは撤退戦を経験している。敗北と逃亡のストックが最も多い武将のひとりが家康であり、であるが故の270年の江戸時代ということもできる。
経営者および事業責任者にとっても、撤退はできれば考えたくないし遭遇したくない局面であることは間違いない。創業者や歴代の諸先輩がやってきた事業を引き継いだ身としては、鈴をつけることは憚られるできない相談である場合が少なくない。
クロスSWOT分析の「弱み×強み」の象限において、撤退基準の事前設定は必須である。事前に定めておきさえすれば、サラリーパーソンでもジャッジのハードルは低くなる。環境や状況は事後的に大きく変動するが、基準を事後的に操作することは極めて難しい。
ドクターも次男も事前に設定していたであろう撤退基準に照らし合わせると、合理的なレコメンだったと想像されるが、15分の熟考は86年の人生にとってはあまりにも短すぎる過酷な時間であったと拝察される。
酒もタバコも止める気がないしやめられない我々凡人には、想像もつかない広大な心の世界とそこにおける葛藤。会社や雇用者を預かることはそれに等しい大きな世界であり、それなりの覚悟と決断が求められるが、胸に手をあてて再考してみる必要がありそうだ。