宮田 理江

2021 18 Aug

「Mame Kurogouchi(マメ クロゴウチ)」の「読む展覧会」、書籍『10 Mame Kurogouchi』を読んで

黒河内真衣子デザイナーのブランド「Mame Kurogouchi(マメ クロゴウチ)」の10周年を記念した初の単独展覧会「10 Mame Kurogouchi」が2021年8月15日まで長野県立美術館で開催されました。この展覧会に併せて、「読む展覧会」という位置づけの書籍『10 Mame Kurogouchi』(青幻舎刊)が発売されたので、展覧会をリポートしつつ、このアートブックもご紹介します。

話題が多いブランドです。「ユニクロ」とコラボレーションしたインナーウェアコレクション「Uniqlo and Mame Kurogouchi」はヒットを記録。伊勢丹新宿店では相次いで異例のポップアップイベントを開催しています。東京オリンピックでは閉会式で女優・大竹しのぶさんが「マメ クロゴウチ」のアイテムを着て登場したことでも注目を集めました。

 

◆10年の軌跡を振り返る クリエーションの思考プロセスを公開

展覧会が長野で開かれたのは、デザイナーの生まれ故郷だったのに加え、同館スタッフのユニフォ-ムを黒河内氏がデザインしたというご縁があってのようです。会場でユニフォ-ム姿の写真を撮らせてもらうと、スタッフはどの人も着心地やシルエットの魅力を語ってくれて、本当に気に入っている様子がうかがえました。

今回の展覧会では、これまでのコレクションを10のキーワードに沿って整理しました。作品アーカイブや着想ノートなどを展示。10年の軌跡を振り返る内容です。10年という節目は、ブランドの歩みを確かめるのにふさわしく、会場のアーカイブ作品も時を重ねるにつれてのクリエーションの成熟を印象づけていました。このブランドらしい有機的な曲線シルエット、日本各地の職人技・伝統工芸のオリジナルな解釈、繊細な刺繍技などが生かされた作品の数々に引き込まれます。

 

従来のファッション展覧会と大きく異なっていたのは、デザイナーの思考プロセスを公開した点です。展覧会場の中央には着想やデッサンをメモ書きした創作ノートがガラスケースに収められて展示されました。デザイナー自身が撮ったスナップ写真や、書き添えられた走り書きなども、発想の断片を示しています。

創作ノートは一般的なファッション展覧会でもしばしば目にする展示物ですが、今回は分量がけた違い。会場のレイアウト面でも、堂々たる「主役」のポジションを与えられていました。通常は「作品」にあたるドレス類のマネキン展示がフロアの大半を占めるものですが、創作ノートのほうがメイン展示と映るほどのボリュームです。

本来、このようなクリエーションの「手の内」は、あまり明かしたがらないものでしょうが、デザイナーの記憶や体験、着想源などを、ほとんど「レア」の状態で、惜しげもなく公開。その包み隠さない態度がかえって親しみや共感を呼ぶ構成となっていました。

 

◆創り手の「デザイン脳」に踏み込む体験   書籍『10 Mame Kurogouchi』

デザイナーの発想にまでさかのぼって、クリエーションを追体験できる展覧会の雰囲気は、書籍の『10 Mame Kurogouchi』に丸ごと写し込まれています。会場の再録ではなく、別の角度からデザイナーの脳波に同調するかのような感覚をもたらす設計。アートブックと小説を同時に読み進めるかのような気分を味わえます。

小さなアイデアを育てて、作品に仕上げていく、きめ細やかなプロセスが手書きスケッチやスナップ写真で解き明かされていて、「デザイン脳」の奥に入っていくようなスリリングな読書体験を味わえます。展覧会を見た私にも、新たな発見や驚きがいくつもありました。デザイナー自身が撮った様々な写真にも味わいがあって、私小説にも似た、不思議な魅力を備えています。

日本の各地に伝わる服飾文化や匠の技を丁寧に迎え入れる取り組みも、本から伝わってきます。日々の記録は、デザイナーが実際に各地に足を運んで、職人に敬意を払って、手を携えていることの証。伝統工芸を単に借用するのではなく、「マメ クロゴウチ」流にとらえ直して、作品に仕上げていくという、仕事ぶりに触れるうえで、日記的なノートは最適なテキストと言えるでしょう。

 

この書籍は「読む展覧会」という立ち位置にふさわしいボリュームと深みを備えています。展覧会に行けなかった人にも、十分にブランドの魅力を伝えてくれる図録に仕上がりました。スナップ写真やショートエッセイ、メモなどが立体的に創作のリアルを感じさせてくれて、読んでいる側もインスパイアされるかのよう。ブックカバーも趣があって、本棚に置いておくだけでも絵になります。ファッションに限らず、デザインに興味を持つ人にとっては、新たな扉をひらいてくれるきっかけになるのではないでしょうか。

 

書籍『10 Mame Kurogouchi』

Mame Kurogouch
https://www.mamekurogouchi.com/

 

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