栗田 亮
人生「戦略」で幸福になれますか?
前回、人生に戦略は必要ですか?で人生「戦略」の事例を見てきました。
人生で成功するためには、目的(戦略目標)を設定し、そこの自分の持つ「資源」を集中投下すべきだという考え方です。
この人生「戦略」では、目的(戦略目標)が事業の成功や富や名声を得ること設定されていて、そのことに関しては最初から一分の疑問も呈されていません。
しかし本当に、それらは人生に幸福を運んでくれるのでしょうか。
ハーバード大学が行った面白い研究があります。
1938年に医学部のジョージ・ヴァリアント教授が始めた、ハーバード大学の学生とボストンの貧困層の子どもたち724人の人生を追跡し、毎年 仕事や家庭生活 健康などを記録しつづける研究で、「グラント研究」と呼ばれています。(A 75-Year Harvard Study Finds What It Takes To Live A Happy Life)
この研究の4代目の研究責任者であるロバート・ウォールディンガー教授のスピーチをTEDで見ることができます。
「研究が始まるとすぐ 10代の彼らをインタビューし 健康診断を受けさせました 我々は彼等の家に行き ご両親達もインタビューしました。 その少年達が今大人になり 様々な人生を歩んでいます。 工場労働者や弁護士 レンガ職人や医師になったり 1人はアメリカの大統領になりました。
中にはアル中になった人や 統合失調症になった人もいます。 この様に社会の底辺から這い上がり ずっと上まで登り詰めた人もいる一方 それとは反対の方向に人生を 辿って行った人もいるのです。」
当初、この研究の参加者の多くは、幸福になるためには富や名声や仕事の業績が必要だと信じていました。しかし、この研究から得られた何万ページにも及ぶ情報から得られた結論は、きわめて単純でした。
「75年間におよぶこの研究が明確に示しているポイントは、良い人間関係が私たちの幸福と健康を高めてくれるということです。これが結論です」
例えば、頼れる人がそばにいる人は、神経系が緊張から解放され、脳の健康が保たれる期間が長くなり、心と体の苦痛が和らげられるなどの効果があることを、逆に孤独を感じている人は肉体的な健康が早くに衰え、短命である傾向が強いことを、この研究は明らかにしています。
「大切なのは、友人の数ではありません。交際相手がいるかどうかでもありません。身近にいる人たちとの人間関係の質なのです」
私たちは手っ取り早く手に入って生活を快適に維持してくれるものが大好きです。
それに対して、人間関係は複雑に込み入っています。 家族や友達との関係をうまく維持して行くのは至難の業で、その地道な努力は死ぬまで続きます。
人間関係とは、果てしないバランス調整作業だと言えます。
しかし、地道にそのバランスの調整をやり遂げたものに、神様は幸福を与えてくれる、というのが「グラント研究」の結論です。
なぜなら、「良い人生は良い人間関係でできているのです」から。
そもそも「戦略」は、「戦略」って何ですか?で見たとおり、もともと戦争の作戦計画です。そこから転じてビジネスなどで使われるようになった言葉ですから、勝ち負けの評価基準は明確です。
一方、人生の幸福を、一つの測定基準で評価しようとするには無理があります。
エリック・バーガーはその著書「残酷すぎる成功法則」で、人生を一つの尺度で測ることを「崩壊戦略」と呼んでいます。
「多くの人はお金に焦点を合わせるのが手っ取り早いと感じ、とにかく額を増やそうとする。簡単で便利だが大きな間違いだ。」
並外れた成功を遂げた人びとは、たとえば人間関係など、人生の別の側面を犠牲にした(崩壊させた)と痛感しているのだそうです。
「家族と良い関係を築くには、ともに時間を過ごす必要がある。つまり一緒に過ごす時間数は、家族との絆を測る一つの尺度になる。だが、もし罵りあてその時間を過ごしていたら意味がない。そこで、ともに過ごす時間の質と量の双方を測らなければならない。」
一つのカテゴリーに全力を注ぐことで、人生全般で成功をおさめることはできないのです。
また「戦略」は「戦略」に必要な5つの条件ってなんですか?で見たとおり、重点集中主義であり、バランス調整とは正反対の思考法です。
しかし、人間関係は地味で時間のかかるバランス調整そのものでできています。
仮に、欲しいだけの富を手にし、仕事で成功し、肉体的に健康な状態にあったとしも、愛情に満ちた人間関係がなければ、結局、人は幸福になれない、というのが「グラント研究」の結論なのです。
したがって、人生「戦略」で幸福なれますか?という問いに対しては、「なれません」というのが適切な答えだと思います。
なぜなら、人生「戦略」と称するもののほとんどが、富や名声だけで人生を測ろうとする「崩壊戦略」そのものだからです。
最後に、映画「グレイテストショーマン」からの引用です。
「こんな幸せが永遠に続きますように」
“I wish for happiness likes this forever”
これは映画の冒頭、アイデアマンで上昇志向の主人公P.Tバーナムが仕事を失った夜に、家族4人がそれぞれの望み(wish)を言う場面で、愛妻チャリティが言った言葉です。
夫の才能を確信している、お嬢さん育ちの妻らしい言葉であり、また、戦略家の夫に対する戒めにもなっています。
幸福は富や名声や仕事の成功ではなく、自分が愛し愛されている人たちに囲まれていることだという、まさに「グラント研究」の結論そのままのようなセリフですね。
今日はここまで
(キンコンカン)