栗田 亮
2018
30
Jun
「マーケティング」って何ですか?
今回は「マーケティング」という言葉について考えます。
「マーケティング」は、「戦略」と同様、よく使われる割に意味が掴みづらい言葉だと思います。
書店に行くとタイトルに「マーケティング」という言葉がついた本がたくさん売られていますが、中には「マーケティング」の意味をしっかり説明せずに、
1)セグメンテーション
2)ターゲティング
3) ポジショニング
4)マーケティング・ミックス(4P)
5)・・・・
といった調子で、各論から説明し始めるものが少なくありません。
あるいは、公的機関や大御所の「マーケティングの」定義を掲げて、お茶を濁している例も見受けられます。
アメリカ・マーケティング協会の定義
「マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。」
”Marketing is the activity, set of institutions, and processes for creating, communicating, delivering, and exchanging offerings that have value for customers, clients, partners, and society at large.”
日本マーケティング協会の定義
「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。」
フィリップ・コトラーの定義
「マーケティングとは、製品と価値を生み出して他者と交換することによって、個人や団体が必要なものや欲しいものを手に入れるために利用する社会上・経営上のプロセスである。」
“ Marketing is the process by which an organization relates creatively, productively, and profitably to the marketplace.”
雲をつかむような説明で、なんとなくごまかされている感じがするのも、「戦略」の定義とよく似ています。
このように「マーケティングって何ですか?」という質問に対して単純明快な答えを求めると、森に迷い込んでしまったような気持ちになります。
辞書で「マーケティング」を調べてみましょう。
広辞苑は、
「商品を大量かつ効率的に売るために行う、市場調査・広告宣伝・販売促進などの企業の諸活動」
オックスフォード英語辞典 (Oxford Dictionary)
「可能な方法で自社製品を提案・宣伝・販売する活動」
“The activity of presenting, advertising and selling a company’s products in the possible way.”
「顧客が真に求める商品やサービスを作り、その情報を届け、顧客がその商品を効果的に得られるようにする活動」
だとしています。
ウィキペディアの「マーケティング」の項は、いろいろな定義を示していますが、結局、意味が時代ごとに変遷したために、分かりずらくなっているとの説明に終始しています。
「一部のビジネスの現場やマスメディアにおいては、広告・宣伝、集客や販促活動のみをマーケティングと捉える傾向が強いが、これは本来戦略的なマーケティング活動の意味からすれば極めて限定的な行為を指すものであり、誤解であるといえる。」
として、「マーケティング」という言葉が普及する過程で、企業の宣伝部門が「マーケティング」部などと名乗ることが多かったため、誤って捉えられたと考えられる、などと説明しています。
また、「マーケティング」と「セールス(販売)」は混同されることが多いとし、
「マーケティングとは経営戦略とならぶ企業活動の中核にあたる一連の行為であり、セールスとはコミュニケーションの結果で購入を検討している顧客候補に対してクロージング(買う決断を手助けする、つまり売る)をするという『マーケティングのほんの一部にあたる行為』である。」
としています。
おそらく、この文章は、「マーケティング」を生業とされている方が執筆したのだと思いますが、セールス(販売)の役割をずいぶん軽く見てくれた物言いだと感じます。販売の経験者なら誰でも知っている通り、セールス(販売)というのは、決して顧客候補に対してクロージングするだけの仕事ではありません。
アメリカでもこの辺の事情は同様で、「セールスとマーケティングは何が違うんですか?」という質問が、いくつものサイトに乗っています。
それに対する代表的な回答は、次のようなものです。
1. セールスのターゲットは個人もしくは少集団であり、一方「マーケティングのターゲットは、大集団もしくは社会一般である。
2. マーケティングが新規見込み客や潜在顧客を生み、セールスがその新規見込み客や潜在顧客を購買客や注文客に転換させる。
3. マーケティングは長期間に渡るブランドネームの構築プロセスに関わり、ときには顧客が必要でないものでさえも買いたいと思わせる。一方で、セールスは短期間のターゲット顧客を見つけるにとどまる。
“Sales vs Marketing
1.Sales target on individuals or small groups. Marketing on the other hand targets a larger group o the general public.
2.Marketing means generating leads or prospects. sales means converting the leads or prospects into purchases and orders.
3.Marketing involves a longer process of building a name for a brand and pursuing the customer to buy it even if they do not need it. Where as sales only involve a short term of finding the target consumer.”
ただしこれらは大企業に限った話であって、個人や中小企業では、「マーケティング」も、「セールス」も違いはなく、同じ人間が一連の活動としてやっているものだとも説明しています。
以上のように、「マーケティング」という言葉は、時代によりさまざまに定義され、「セールス(販売)との棲み分けですら明快ではありません。
このような事情から、経営コンサルタントの大前研一氏は、「マーケティング」という言葉は定義が不明確であるため自分は使わないとし、代わりに「製品・市場戦略」という言葉を使うとしています。
「製品は市場と、ちょうど鍵と錠前のようになっており、この組み合わせを間違えれば、当然収益の扉は開かれない。」(企業参謀)
と説明しているのですが、私には、まさにこれが「マーケティング」の本質を語っているように感じられます。
市場にモノが足りない時代には、「マーケティング」活動は「セールス」活動とほとんど同義だったのだと思います。
しかし、現代のような「モノよりコト」消費などと言われる飽和市場に、あえて自社製品を投入するからには、そこに狭くて複雑な形の隙間を見出し、自社製品を上手に「当てはめ」ていかざるを得ません。それができなければ、市場にはじき出されるという意味で、大前氏の鍵と錠前の喩えは秀逸だと思います。
現代の「マーケティング」は、市場の隙間(錠前)を探り当て、自社製品(鍵)のサイズや形状を細かく調整して、その隙間にぴったりと「当てはめる」活動なのだと思います。
うまくハマったならば、周囲を少しずつ掘り起こして、「鍵」を大きくしてゆく。時には、そこを起点にして、市場にある既存製品を一気に陳腐化させてしまうことすらある。
「マーケティング」とはこのように、大胆かつ繊細で、ときに強引な活動であるのだと思います。単なる市場調査と分析と宣伝とセールスの集合体ではないのです。
以上を整理して、「マーケティング」を自己流で定義するなら
「マーケティングとは自社製品を市場に当てはめるための諸活動」
となります。
この場合の「当てはめる」は英語で言うと「アプライ(apply)」です。
自社製品が、現実的で、適切で、核心に迫るところまで研ぎ澄まされて、初めて市場の扉が開き、居所が見つかるのだという意味が込められています。
ちなみに、広辞苑は第6版まで「マーケティング」の定義に「市場活動」という言葉を載せていました。
「マーケティング」の日本語訳として定着しなかったためか、第7版で消えてしまいましたが、伝えたかった内容は同じことではなかったかと推測します。
もし「マーケティング」を四文字熟語にするのなら、私も「市場活動」に一票を投じます。
きょうはここまで
(キンコンカン)