久保 雅裕
「思いを致す」ということを忘れていないか
©Ziegler Film/Franziska Strauss
人間の記憶とは、自分勝手なものである。齢を重ねると嫌な思い出は薄れ、良かった事ばかりが記憶の底に留まっているような気がする。それは悪い思い出を克明に覚えていると落ち込んでしまって自殺しかねないので、脳が自然と辛かった思い出だけ忘れ去れるようにプログラミングされているのだという。定かではないが…と一応断りだけいれておくことにしよう。
さて、逆に日を追うごとに鮮明になってくる思い出もある。しかし恐らく断片的に鮮明になっているだけで、これも自分に都合の悪いあの事やこの事は、忘却の彼方にうっちゃっているような気がする。
そんな自分勝手な記憶と甘酸っぱい思い出というか想いというかを抱いた状態で、久しぶりにニューヨークを訪れた作家が主人公という映画『男と女、モントーク岬で』を紹介しよう。
作家のマックスは、実らなかった恋の思い出を綴った新作小説のプロモーションのためにニューヨークを訪れる。小説のモチーフとなった、かつての恋人レベッカと再会を果たすが、別れてから何があったのかレベッカは何ひとつ語ろうとしない。失意のマックスがニューヨークを発つ3日前、レベッカからN.Y.ロングアイランドの最果て、モントーク岬への旅の誘いが舞い込む。そこは幸せだった頃の2人が訪れた場所だ。レベッカの真意は如何に?そして語られない過去の秘密とは?
今のニューヨークを活写するシーン展開は、街をリサーチする者にとっての好材料ともなる。またマックスのパートナーや秘書の女性たちの役回りと立ち位置にも注目して観てほしい作品だ。
男と女の恋愛観や人生観の相違、置き去られた者と立ち去った者の感情の差、そしてタイムポケットに落ちたような切り離されたそれぞれの過去の時間。これら全てが沸々と互いの心情に滲み渡り、長い時を経て気が付く自分の愚かさに打ちのめされるのだ。離れていた時間に何かが起こっているという事に思いを致せない愚かさに。そう主人公も観る者も。
5月26日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー。