久保 雅裕

2018 29 May

時代感覚を研ぎ澄ますということ

© 2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

ベルリンの壁崩壊から20年が経とうとしている。そして期しくも壁の無くなった旧東欧エリアで 新たな壁や有刺鉄線が張り巡らされ始めた。米国とメキシコの国境も同じ理由。そう移民・難民問題だ。それに伴って強まるナショナリズムの風。不寛容な空気が世界を覆い始めている。

映画『ゲッベルスと私』というタイトルで十分に想像できるナチスドイツの物語。あの時代の空気感と今を覆う重たい雰囲気に共通項を見出しているのは筆者だけではないだろう。 ナチスドイツの宣伝大臣、ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書として働いた103歳のブルンヒルデ・ポムゼルがカメラの前で当時を回想しながら語り始める。カメラは容赦なく皺で埋め尽くされた彼女の顔を無遠慮に撮り続ける。

1911年ベルリン生まれの彼女は、42~45年の3年間、ゲッベルスの秘書として働き、第二次世界大戦後、ソビエト軍に捕らえられ、5年間、強制収容所を転々としながら抑留される。50年に解放され、71年の定年退職までドイツ公共放送連盟ARDで働き、このドキュメンタリー映画の収録の3年後の2017年1月に106歳の生涯をミュンヘンの老人ホームで閉じた。

収録時は103歳だったが、語られる記憶は実に鮮明で、当時の関連映像とともにリアリティーを持って迫ってくる。ユダヤ人の苛烈なまでの環境や日本のテレビでは絶対に流せないような悲惨な光景もまざまざと見せつけられる。目を覆いたくなるような情景も、残念ながら人間の仕業なのだ。直視せずして、後世に繋いでいくことはできない。それを覚悟で観てほしいと思う。

そして一番印象的な語りは、「強制収容所が(中略)矯正のために入る施設だと思っていた」「ユダヤ人はスデーデン地方に移され」「彼らも一つになれる」と最後まで信じ込まされていた点だ。戦前日本の大本営発表よろしく、全体主義化ではいとも簡単に騙されてしまう民衆。いや、薄々気付いていたとしても、気付かない振りをせざるを得なかった政治状況。さらには、積極的に迎合していってしまう心理はストックホルム症候群と酷似している。「現代の民主主義社会では、起こりえない」と安易に考えないでほしい。あの頃も民衆が選挙でナチスを多数派に押し上げ、気付けばそういう社会になっていたのだ。

本作は、そうした過ちを二度と繰り返さないためにと制作されたのだと思う。

時代感覚を研ぎ澄ますこと。それもファッション感度を上げることへの一助となるはずだ。

6月16日より岩波ホール他全国劇場ロードショー。