久保 雅裕

2020 16 Nov

学ぶ、知る、東京国際映画祭

アンバサダーの役所広司
©2020 TIFF(以下全て)

「第33回東京国際映画祭」が2020年10月31日~11月9日、六本木ヒルズ、EX シアター六本木、東京ミッドタウン日比谷、日比谷ステップ広場を主会場に開催された。
ファッション業界としては毎回、この東京国際映画祭から学ぶものが多いのだが、今回は特に一般に向けた有料チケットやセレモニーの在り方、メディアの発信方法などでも真似すべきだなと感じる部分が多かった。
さて今回も14参加作品を鑑賞したので、斜め斬りしてみたい。もちろん筆者の好みで選択しているので、完全に偏っており、ほぼ賞に入らないという快挙を成し遂げた(^-^;。昨年は『i-新聞記者ドキュメント』が受賞したので、真逆だったのだが。
映画の主題をなすものには、「格差社会」や「人種・女性差別」「人権」といった社会に根差したテーマが多く見られ、解決できていない現代社会への警鐘が、むしろ増えている気がしてならない。もう一つはある意味、永遠のテーマかもしれない「家族」を主題とするものがそれなりに見られた。


まずは「観客賞」を獲った『私をくいとめて』。「家族」がテーマというのも、ちとこじつけだが、まあ恋愛も、おひとり様も家族への第一歩かも??。のんが演じる31歳独身OLの脳内に棲みついたもう一人の「私」(何故か男だが)との脳内会話が楽しい。12月18日から全国ロードショーなので、気軽に楽しんで観てほしい。


『最後の入浴』はポルトガル北部・ドウロ渓谷の小さな村を舞台に祖父に育てられた青年と修道女の叔母との関係を性と母性の視点から描く。祖父が亡くなり、叔母が面倒を見るのか、養護施設に預けられるのかの選択を迫られる時間の中で、叔母の心が揺れ動いていく。そこへ青年を捨て、家を出て行った母親が現れて同居を望む。「家族」の意味に一石を投じる。


『老人スパイ』は老人ホームへの内偵調査で探偵事務所に採用された80歳代の老人男性、セルヒオが主人公。依頼者はそのホームに老親を預ける親族で、虐待や盗難などが無いかを調べてほしいとのこと。本当の老人ホームを使い、入所者に対して「テレビの撮影」と偽ってカメラクルーが潜入。その映像とセルヒオの持つ万年筆にはめ込まれたカメラなどのビデオ映像も含め、笑いあり涙ありのヒューマンドキュメンタリーだ。セルヒオの報告の締めが実に良い。これが「家族」だよなと納得の一言。


『二月』は、ブルガリアの羊飼いの一人の男の8歳、18歳、82歳の時期を描いた作品。寡黙で淡々と生きる男とその「家族」との関係も含め、長大な叙事詩を読み解くような時間は、なんとも贅沢。ブルガリアの雄大で過酷な自然の映像美も堪能できる。


韓国生まれの台湾人高校生の生活を描く『チャンケ:よそ者』は、韓国における台湾人差別と真っ向から取り組んだ作品だ。もちろん「人種差別」もテーマではあるのだが、台湾人のために領事窓口として働く厳格な父親への反発や韓国人の母親との葛藤、そして父の死で浮かび上がる「家族」の絆が温かい余韻を伴う。


あまりにも軽すぎて拍子抜けしたのは、フランス映画の『ラヴ・アフェアズ』。男女の頭と下半身の相関関係と相克が馬鹿馬鹿しく描かれ、最後の方には「いい加減にしろや~」と思ってしまう「家族」や夫婦の在り方を反省させられる一作。


邦画の『初仕事』は6ヶ月前に妻を亡くした男から、「昨日亡くなった0歳児の遺影を撮ってほしい」と依頼を受けた若手カメラマンと依頼人、写真事務所スタッフとの数日を描く。モチーフの深刻さとは裏腹に、不思議な会話のやり取りに違和感を覚えながら、鑑賞することに。アングラ劇団の三文芝居を見ているような感覚に陥った。「家族」の在り方への一風変わったアプローチは、評価が分かれることだろう。


さてさて、ここからは本領発揮の社会派テーマの作品たちをご紹介。
まずは現代からということで、日本の罪を問う作品『海辺の彼女たち』。ベトナム人技能実習生の3人の女性が、劣悪な条件の派遣先からパスポートや滞在許可証も持たず、夜逃げ同然で青森の漁港にやってくる。ブローカーのベトナム人にカモにされながら、出口の見えない現実の中、友情も打ち砕かれていく。ほぼ真実だろう「格差」「人種差別」「人権」侵害をリアルに告発したドラマだ。


イランのホームレス社会の深刻さを描いた『ノーチョイス』は「人権」派女性弁護士と恋人に代替妊娠をさせて赤ん坊を売買する男との闘いを描く。子供を産ませないように卵管結索術を本人の同意なく行った人道支援を続ける女性医師との法廷闘争を主軸にストーリーは展開するが、原告、被告どちらにも、この社会の「格差」と不条理を告発する意識が底流には潜んでいる。勧善懲悪ではないからこそ、見応えのあるドラマに仕上がっているのだが、結末には胸が締め付けられる。


「TIFFティーンズ」ラインナップだが、辛口の青春ストーリーなのは『私は決して泣かない』。ポーランドの小さな町で母と障害者の兄と暮らす17歳のオラ。父親はアイルランドに出稼ぎ中だ。車の免許が取れたら、買ってくれると約束しているが、父の事故死の訃報が届く。遺体を引き取るために、オラは一人、アイルランドへと向かうが手がかりは少なく、街をさ迷う。出稼ぎ労働者の置かれる「格差」問題、「人権」が問われる労災不備問題と様々なテーマが浮かび上がる。


フランス映画の『デリートヒストリー』は、「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)」運動にも参加したパリ郊外に住む仲良し3人組が主人公。離婚して酒で失敗を犯す母親。タクシー運転手だが評価が最悪で仕事が入ってこない女性。AIとも知らずに電話営業の女性に片思いする男。この3人組がGAFAの牛耳るネット社会に翻弄され、ついに逆襲作戦を決行するという奇抜なストーリー。シュールかつ大胆な表現で館内大爆笑なのだが、フランスの「格差」社会やネットにおける「人権」など世界共通の課題も垣間見える。
続いて歴史的視点からの社会派テーマ作品だ。


『モラルオーダー』は、 20世紀初頭のポルトガル・リスボンの上流社会を描いた伝記物。伝統ある日刊紙の創業家の娘で代表者のマリアが、夫や息子の不貞に反発し、自立と自分らしい生き方を模索していく様を描いた。ブルジョワ社会と平民、そして虐げられる女性たちといった「差別」がテーマとなっている。


こちらも実際に起こった事件を取り上げた『親愛なる同志たちへ』。スターリン後の1962年のソ連で、地方都市ノボチェルカッスクで物不足と物価高に対するデモが発生し、それを中央から送り込まれたスナイパーが銃撃する事件が起こる。この事件を知られまいとして、箝口令が敷かれ、遺体は秘密裏に埋葬される。娘がデモに参加した市の党委員会幹部の母親の葛藤、さらには行方不明になった娘探しを巡って、KGBメンバーとの心の交流も描かれ、当時のソ連の地方の雰囲気が活写されている。「人権」とは何か、自由とは何かを改めて考えさせられる一作。


『アーニャは、きっと来る』は人類最大の「人種差別」であろうナチスドイツとユダヤ人脱出の話。フランス・ピレネー地方の小さな村にもナチスが迫り、逃げてきたユダヤ人の子供たちをスペインへと脱出させる計画が進む。主人公の少年は、そのことを知り、食料の買い出しに尽力するが、優しいナチス軍人との心の交流も。彼もベルリン爆撃で愛する子供を亡くし、悲しんでいる。果たして脱出作戦は成功するのか?。11月27日から全国ロードショー。
最後の2作に共通しているのは、加害者側の組織に居ながら、人間的には真っ当で素晴らしい人格の持ち主であっても、時代と組織の狭間で、それを貫けないもどかしさと、敵でありながら、味方のような関係性が生まれる本源的な人間性の賛歌も主題の一つとして輝きを持っていることだ。人が悪いのではなく、その時代を作った本質的なミスが何なのかを知り、批判し、改めるよう動くことが大切だと教えてくれる。
コロナ下での実施となった第33回東京国際映画祭だが、感染対策を施しての開催で成果を上げたといえよう。フィジカルなショーが少なかった東京コレクションも、来年にはこれらの教訓に学んで、フィジカルの実施を強化してほしいと思った次第だ。