久保 雅裕
一度は行ってみたいレアな宮殿 映画『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』
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2014年夏、フランス南東部、リヨンから少し南へ下った小さな町、オートリーブにアンコールワットの寺院に似た建物があると聞き、南仏へのドライブの途中、立ち寄ることにしたのだが、丁度、オートリーブの街中に少し変わったオーベルジュがあり、何事も経験と宿の予約をしてみた。
それは通常の部屋もあるのだが、外の敷地にワゴンというかコンテナというか、キャンピングカーのようなコテージが幾つか並んでいるものだった。しかも、そのキャビンに付いたテラスには花が活けられていて、メッチャ可愛い!中にはバストイレと簡単なキッチンも備わっていて、テラスに佇みながら、長閑な庭を眺めて、のんびりと夏の夕暮れを過ごし、ディナーはオーベルジュのレストランでフレンチを堪能した。翌日、シュヴァルの理想宮へと向かい、その見事な装飾と規模感に圧倒されながら、「この郵便局員、相当な変わり者だったのだろうな」などと感想を持った覚えがある。
手前にある小窓から覗くとシュヴァルの顔が浮かび上がる廃材アートが展示されていた
さて、そんな滅多に行かないようなローカル観光地の実話が映画になったというのだから、観ない訳にはいかない。映画『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』(原題:L'Incroyable histoire du Facteur Cheval)は、たった一人で石を拾い集め、1879~1912年の33 年間、9万3000時間を費やして、すべて手作業で宮殿を完成させた郵便配達員、ジョゼフ=フェルディナン・シュヴァル(1836~1924)を描いた作品だ。アンドレ・ブルトンを筆頭にシュールレアリスムの作家らに見出され、「素朴派唯一の建築物」と高い評価を受け、1969年にフランス政府の重要建造物に指定された。
ストーリーは、フランス南東部の山々や田舎の村から村を回る寡黙で不器用な郵便配達員のシュヴァルが、変わり者の彼の優しさを見出し、のちに妻となるフィロメーヌとの出会いから始まる。その後、愛娘アリスが生まれるのだが、どう接して良いか分からない寡黙な彼は、娘のためにと「おとぎの国の宮殿」を建てるという奇想天外な挑戦を思いつく。村人たちに馬鹿にされながらも、来る日も来る日もたった一人で石を運び、積み上げ続けるシュヴァル。アリスはその作りかけの宮殿でかくれんぼしたり、楽しく過ごすのだが、過酷な運命が容赦なく彼に襲い掛かる。
ずいぶん昔に、ミレーの「落穂拾い」に引っ掛けて、ゴミを拾い集めたり、マルシェの後の残った食べ物、収穫後の地面に落ちた野菜を拾い集める人々などを追ったアニエスヴァルダ監督のドキュメンタリー映画『落穂拾い』を観たが、その中で不要となった廃棄物を拾い集めてアート作品とアーティスティックな館をパリ郊外に建てた夫婦が登場した事を思い出す。市井のアーティストが沢山現れるフランスという国の面白さは芸術重視の教育、アートに手厚い政策の賜物なのかもしれない。日本とは大違いだ。
映画『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』は、12月13日より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー。