久保 雅裕

2019 04 Aug

実験的なシネマコマースに期待

三陽商会が新ブランド「CAST:」をローンチした。シネマコマース型と題して、同名の映画を制作し、ウェブ上で公開した。その映画を見ながら登場人物のタグが上部に表示され、着ている服の商品情報が右側に表示される。そしてそのままクリックすれば、ECサイトに遷移して、購入できるという仕掛けだ。

三陽商会・岩田功代表取締役社長

さて、「果たして映画を観ながら、服に着目して購買まで繋げることができるのか」という疑問が湧き起こった。筆者もずいぶん多くの映画を試写会で観つつ、コラムで紹介してきたが、映画はストーリーにのめり込んでこそ、面白いもの。終わった後の心に残る清涼感なのか幸福感なのか、あるいは充実感なのかモヤモヤなのか。人々の心の残像が映画の醍醐味と言える。そういう意味では、その作品に集中するという点で、全画面にしてとりあえず服そのものに対する興味という二次的情報は排除して、じっくりと映画を鑑賞したいと思った次第だ。

今回のこの映画、マンション入口の防犯カメラや女子トイレの鏡を上手く使って3次元的に見せるなどの特異なカメラアングルやフレームワークが随所に散りばめられており、短編作品としての仕上がりは上々なのだが、女優陣の個性の際立たせ方に今一歩の深みが足りない気がした。30分という時間的制約もあるのだろうが、復讐する対象となった映画監督との関係性の描写や三股発覚後の彼女たちの心の葛藤など、三者三様の在り様をもう少し丁寧に描いてほしかった。

さて洋服と映画の関係の話に戻ろう。まず洋服の良さが際立ってこないのは、全体に室内や夜など暗めのシーンの多いことが影響している。唯一、化粧室のシーンは服が良く見えるのだが、他はあまりはっきりとは掴めないのが残念だ。もう一つ個人的に残念だったのがANNA役のemma が記者会見で着用していたボリュームスリーブ・チェックブロック・トレンチコート(無地のベージュと2種類のチェックのコンビ)が劇中登場しているにも関わらず、横の商品紹介に表示されなかったこと。これはキーアイテムと感じる物だけにやはり残念だった。

3人のキャラクター別にラインが分かれ、それぞれの部屋のようなディスプレイに

とはいえ、こうした試みはIT技術を駆使した新たな販促手法として大いに実践してみるべきだし、相当な予算を掛けて挑戦した三陽商会には敬意を表したい。3分尺で10回に分け公開されても興味を継続させる点で良かったかもしれない。さらに店舗でのRFIDタグを利用した商品情報の掲示などの試みも、これからの店舗にとっては、接客の効率化や客のコンフォタブル追求という視点から有効な取り組みとなるだろう。

最後に挿入歌にもなったCARA役の佐藤千亜妃「大キライ」は、なかなかの秀作。歌詞はともかく、他の楽曲も聴いてみたくなった。

まずは一度、シネマコマースを体験してみては、いかがだろうか。