武田 尚子
アニエス・ヴァルダの映画を発想源に
皆さんはアニエス・ヴァルダという映画監督をご存じだろうか。
1950年代から創作を始め、フランス、ヌーヴェル・ヴァーグの先駆けとなった存在として知られる。夫は映画監督のジャック・ドゥミ。彼女は2019年に90歳で亡くなったが、晩年はフランス人アーティストJRとの共同監督作『顔たち、ところどころ』(2017)でチャーミングな姿を見せていた。
たまたま、私はこの夏、アニエス・ヴァルダがジェーン・バーキンの多面的な魅力に迫った『アニエスv.によるジェーンb.』(1987)の限定上映を映画館に観に行ったのだが、その1か月後に同監督作品をテーマにした展示会に遭遇した。
「ランジェリーク」(カドリール・インターナショナル)の2025春夏コレクションが、アニエス・ヴァルダの1975年ドキュメンタリー映画『ダゲール街の人々』をテーマにしていたのだ。彼女が暮らしていたパリ14区の商店街の人々の暮らしを描いたもので、実際に私もその映画を配信を利用して観てみた。
何しろ50年以上前の古いパリ。しかも華やかでおしゃれな表通りとは異なり、小さな通りに暮らすのはほとんどが第二次世界大戦後に地方から出てきたような人々。単独ではその雰囲気がまだ残っているのを感じることがあっても、今はほとんど見られなくなったような古き良き庶民的なパリである。
パン屋、肉屋、美容院、金物屋、小間物屋と、いろいろな業種の商店が登場するのだが、それぞれの職人たちが動かす手が印象的だった。それは皆が集う場でマジックを見せるマジシャンの手にもつながっていく。
さて、なぜ「ランジェリーク」の2025春夏シーズンがこの映画を発想源にしたのか。映画のディテールを反映させたわけではない。
「もう一度、『ランジェリーク』の日常を見直したかった」とデザイナーの有馬さんは話す。品番数もデザインもそぎ落として、ブランドを支持してくれる人たちに「日常」を届けたいというわけだ。
新しいグループは、映画内の美容院の名前からとった「ジャニーヌ」と、香水やコスメなどの小間物を扱う店をイメージした「マルセル」の2グループ。いつも以上に素朴で優しい味わいがある。
継続グループを含めて全体を通し、顧客の声を反映させたかたちで、「ランジェリーク」が得意とするコットンやシルクなど天然素材、しかも一味違った付加価値の高い素材を使っている。同ブランドの人気継続品とも組み合わせ、来年の夏の日常に華を添えるアイテムになるに違いない。
花々を立体的に織ったストレッチジャガード素材と、リボン柄リバーレースを組み合わせ