武田 尚子

2017 12 Dec

「YARN」に込められた意味

 

肩こりがひどくてすっかりお休みしているのだが、実は私は大の編み物好き。

特に20代の頃は、寒い季節になると常にセーターを編んでいた。そんな数枚を母も何十年と愛用してくれた。

そんなふうにさんざん着続けてボロボロになったもの、長年タンスの肥やしになっているものといろいろあるのだが、手編みのものはどうしても捨てられない。

編み物好きが高じ、縁あって、編み物好きのマダムを軸にフランス文化を紹介する本も出したほど。

 

そんな私が『YARN・人生を彩る糸』という映画をすぐに観たいと思った直接的なきっかけは、この映画を北欧で発掘して日本で配給しているのが森下詩子さん(キノローグ)という友人だから。

 

ああ、編み物の世界もぐんと深くなったなと心揺さぶられるものがあった。

編み物が家の中から外へ、個人的なものから社会的なものへと広がった。性別や年代も問わない。

編み物がアートになったのだ。

「人は糸を編み、糸は人をつなぐ。」――まさにその通り。いいフレーズだ。

 

だいたい「YARN」(名詞:織物や編み物に用いる糸で、天然繊維や合成繊維を紡いだもの)の動詞が「面白い冒険談をたっぷり話し、楽しませること」なんていう意味があること、知らなかった。

 

かつて編み物は家の中で女性が黙々とするもの。編み物や刺しゅうなんていうのは、古臭い女性の花嫁修業の一環(手先の訓練と忍耐をおぼえるため)なんて揶揄する人(そのことを今でもはっきり覚えている)もいたほどだ。

それが時代環境の変化、新しい世代によって、すっかり変わったと感慨深かった。

このクラフト・アート・ドキュメンタリー映画の監督は、ウナ・ローレンツェンというカナダ在住のアイスランド女性。おそらく森下さんと同世代の40代かな。

 

登場する4人のアーティストそれぞれに個性的、お国柄が出ていておもしろかったが、私が一番心惹かれたのは、カナダ在住の日本人テキスタイルアーティスト、堀内紀子さん。作品の一つに、箱根の彫刻の森美術館で大人気のネットの森がある。

戦前の中産階級の家庭で育った人ならではの上品さがそこはかとなく漂う魅力的な女性で、その話し言葉の美しさ、丹精な仕事の様子にすっかり引き込まれた。

子供の遊びに対する考え方や、編み物でも棒針編みとかぎ針編みはまったく異なるものだという話(棒針編みは直線的だが、かぎ針編みは六角形に横に広がる)は特に興味深かった。

そういえば、近年の編み物人気を支えているのは、かぎ針編みだ(私は昔から棒針編み専門で、かぎ針編みができない。ひき加減が難しいのだ)。 

アーティストの誰かが言っていた、「編み物はヨガと似ている」という言葉も印象に残った。

​あの美しいサーカスも見てみたいと思った(実際に日本で上演の予定らしい)。

 

繊維産業、ファッションビジネスにかかわる方々にはぜひ観ていただきたい。

​ファッションもアートも自己表現であると同時に、コミュニケーションや社会活動のツールである。

​編み物は何より色が楽しめて、心もほっとあたたかくなるのがいい。

 

 

上映館の渋谷イメージフォーラムは、この映画と同様に館内も外もカラフルなニットで包まれていた。