繊維ニュース 編集部ブログ
2019
03
Oct
上野にて
【東京本社】若者や外国人を含めた観光客が増えたが、東京の上野かいわいには“古き良き時代”を思わせるような飲み屋がまだまだ数多く存在する。実際には“古き良き時代”に酒を飲んだ経験などないのだが、騒々しさから離れた店はどこか懐かしさを誘う。
小さな立ち飲み屋でテレビ関係者と飲んだ。新卒のアシスタントディレクターの話。「アシスタントの立場の人間がディレクターよりも遅く来て、早く帰る。多少無理してでも番組は作らなければならないのに」。働き方改革に追い付いていけない男が嘆いた。気持ちはよく分かったが、掛ける言葉を持っていなかった。
その店で映画のような光景に出合った。年配の男性が静かに話し掛けてきた。「兄さん、東京に出てきてから初めて実家に帰ることになった。母親が危篤という連絡があってさ。もう間に合わないだろうな」。男性はコップ酒を飲み干し、店を後にした。
誰もがそれぞれの悲しみや苦しみ、痛みに耐えていた。自分や他人を慰める言葉も、勇気づける言葉もなく、ただ耐えながら杯を重ねていた。かなうならば時間が止まってほしかった。ずっとでなくてもいい。せめて最後の一杯を飲み終えるまで。(桃)