桑原 ゆう
今日の《みづかげ三章》改訂初演にあたって
本日、エスプリマンドリンオーケストラの第4回公演で《みづかげ三章》が改訂初演されますが、私はこれからパリに向かうので演奏に立ち会えず、コンポーザートークの代わりに指揮の小松さんが私のコメントを読んでくださるとのことで、こちらにもその原稿をアップします!作曲ノートと内容がかぶっている部分もありますが...
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《みづかげ三章》は、2013年にエスプリマンドリンオーケストラの委嘱により作曲し、第1回演奏会で初演されました。自分なりに、マンドリンオーケストラならではの音や音楽とはどんなであろうかと考え、マンドリンオーケストラという編成に挑戦するつもりで書きました。マンドリンの音ひとつひとつが水のひとしずくで、それがたくさん集まると、小さな川となる。川の流れは次々に姿を変え、いくつかの小さな川が合わさり、やがて、大きな河となる。河の流れはさらに強く太くなり、うねり、広がり、渦となり、海となり、地球をめぐり、いつか宇宙となる…、そのような音楽を作りたいと思い、水の姿を映し出す音楽という意味で《みづかげ三章》と名付けました。難しい楽譜に果敢に立ち向かい、よく時間をかけて取り組んでくださり、練習を重ねるたびに良い音になり、素晴らしい初演をしてくださいました。私も練習に立ち会い、合宿にも参加し、バーベキューにも混ぜていただいたり、音楽について朝まで語り明かしたり、とてもいい思い出です。
今回、また演奏の機会をいただき、大幅に改訂をほどこしました。あれから3年たった自分の耳が、音の要素とアイデアが十分に展開できていない、もっと音楽的に良いものにできると判断したからです。そして、この曲は空間的な仕掛けが多いので、それを今回の出演人数に合わせたかった、というのがもうひとつの理由です。今回2度目の演奏になる団員さんも、またちょっと頑張らないと弾けないぞ、という内容になりました。
もしかしたら《みづかげ三章》を聴いて、メロディーがないから意味がわからない、これが音楽なの?とおっしゃる方がいるかもしれません。私は、音とはエネルギーだと思っています。エネルギーの質を微細に書き分け、その展開と組み合わせで時間をかたちづくったものが音楽です。メロディーは、エネルギーを形にしたものの、ほんの一面に過ぎません。ぜひ、エネルギーが時間をかけて変容していくさまを、音によって時間が形を持つさまを体感してみてください。また、不協和音ばかりで、まるで幽霊が出てきそうだ、とおっしゃる方がいるかもしれません。不協和音は、ある協和音から別の協和音へとうつろう過程を顕微鏡で拡大し、その一部分を切りとってきたようなものです。不協和音がなければうつろいはありません。私は不協和音を美しいと思って書いています。不協和音には不協和音の美しさがあります。ぜひ、その不安定な美しさに耳を傾けてみてください。
ちょうどいま、フランスへ向かう飛行機の中で、演奏に立ち会うことができないのが残念でなりません。そして、この演奏会をもって、エスプリマンドリンオーケストラが解散してしまうことを、とても寂しく感じます。エスプリマンドリンオーケストラのおかげで《みづかげ三章》が生まれました。真摯に作品に取り組んでくださり、音楽を作り上げていく時間を共有できたことに、深く感謝いたします。私が作曲を続けるのは、特に、現代音楽といわれるあまり一般的でない音楽を書き続けるのは、演奏家と密接に関わり合い、時間をかけて音楽をつくることにやりがいを感じるからです。ひとつの楽曲を共につくりあげていくことは、音楽とは何か、人間とは何か、私たちが生きている意味とは何かを、いっしょに考えることと同じです。その試行錯誤の結果が、今日この演奏会に足を運んでくださった皆さまに何かを語りかける音楽であったらいいなと願っています。