桑原 ゆう
《みづかげ三章》作曲ノート
明日、エスプリマンドリンオーケストラにより改訂初演される《みづかげ三章》の作曲ノートをそのまま掲載します。
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毎回、新しい作品を書くときには、新しい挑戦を自分自身に課すようにしています。作品を書いていく中で自問自答を繰り返し、自ら課した問題にどうにか答えを出してやろう、突破してやろうとするエネルギーが、音楽に強度をもたらすと考えるからです。また、そうする事でしか、演奏者や聴衆に何かを問いかけ、新しい気づきをおこす作品をつくる事はできないと思っています。今回は、マンドリンオーケストラという特別な編成でしか実現できない音や音楽とはどんなだろうか、という問いから作曲が始まりました。
マンドリンオーケストラという編成は、弦楽合奏と置き換えられるように思われがちですが、その音の姿は弦楽合奏とはまるで違います。とりわけ、マンドリンのトレモロによる持続音は、擦弦楽器の持続音とは全く質が違うため、その表現の活きる音楽が必要です。また、一般的にマンドリン=トレモロというイメージが持たれていますが、マンドリンは一音一音に多彩な音色をのせることができ、ピックで弾かれる音のひとつひとつがとても魅力的です。音のたちあがりが速く、素早い点で捉えられるという特徴もあります。マンドリンのトレモロの細かく震える音の美しさを真に活かす音楽とはどんなだろうか、トレモロと単音、双方の音の質を活かすためにどのように組み合わせて音響を作ろうかと考えているうちに、マンドリンの音が水の音のように聴こえてきました。マンドリンの透明な音色やピアニシモの美しさを活かし、トレモロによる薄い水の層のような音を重ねたり、様々な密度の点描や空間的な仕掛けを用いたりすることによって、水の流れの多様な身振りを描けるだろうと思いました。マンドリンの弦が音を発する時には、ピックが弦に触れるノイズが必ず含まれます。トレモロをすると、そのノイズは風の音となり、水の上を通り過ぎていくように聴こえます。ひとりひとりの奏でるマンドリンの音ひとつひとつが水のひとしずくで、それがたくさん集まると、小さな川となる。川の流れは色々に姿を変え、いくつかの小さな川が合わさり、やがて、大きな河となる。河の流れはさらに強く太くなり、うねり、広がり、渦となり、海となり、地球をめぐり、いつか宇宙となる…、そのような音楽を作りたいと思い、水の姿を映し出す音楽という意味で《みづかげ三章》と名付けました。
オーケストラの面白さは、多様な背景を持つ人たちが集まり、ひとつの音楽をつくろうとするところにあると思います。ことに、マンドリンオーケストラはそれが特徴的で、全く違う日常生活を送る様々な年代の人たちがマンドリンを持って指揮者の元に集まり、ひとつの何かを表現しようとします。その面白さを活かそうと、《みづかげ三章》はオーケストラ作品でありながら、とても室内楽的な内容になりました。細かくパートが分けられ、ソロで演奏しなければいけないところが随所に散りばめられ、気を抜けるパートや、人に頼って演奏できるパートはひとつもありません。全ての音に大きな意味が与えられています。全ての奏者に全ての音を責任を持って弾いて欲しいという想いを込めました。
《みづかげ三章》は、2013年にエスプリマンドリンオーケストラの委嘱により作曲し、エスプリマンドリンオーケストラ第1回演奏会で初演されました。その後、音の要素とアイデアの更なる発展と改良のため、エスプリマンドリンオーケストラ第4回演奏会に向けて、大幅に改訂が施されました。改訂版初演のその時は、ちょうど飛行機の中で、演奏に立ち会うことができないのが、残念でなりません。そして、この演奏会をもって、エスプリマンドリンオーケストラが解散してしまうことを、とても寂しく感じます。真摯に作品に取り組んでくださり、音楽を作り上げていく時間を共有させていただいたことに、深く感謝いたします。そして、また皆さんに作品を演奏していただくのを楽しみにしています。
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3年前の初演のときはすべて手書きでつくったスコアを、PCで写しつつ、大幅に改訂しました。


エスプリマンドリンオーケストラはこれをもって一旦解散となるそうです。《みづかげ三章》も以降の再演はより難しくなるのかなと思いますので、この機会に聴いていただきたいです。また、実は私はこの本番を聴くことができないので、代わりに立ちあってくださったらとても嬉しいです。
また、改訂後とはだいぶ違うところもありますが、初演時の《みづかげ三章》はyoutubeにアップされていますので、予習がてらどうぞお聴きください!
ただ、空間的な工夫や音響の面白さは、やはりその場でお聴きいただかないと体感できませんので、ぜひ明日の演奏会に足をお運びください!どうぞよろしくお願いいたします。
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エスプリマンドリンオーケストラ第4回演奏会
日時: 2016年8月21日(日) 13:00開場/14:00開演
場所: 三鷹芸術文化センター 風のホール
指揮: 小松拓人
曲目: タルカス/ELP(難波研編)、みづかげ三章/桑原ゆう、展覧会の絵/ムソルグスキー(難波研編)