小島 健輔
“職場の華”は遠い過去になった 『「カワイイ」は滅ぶのか』
少子高齢化による社会負担を背負うべく一億総労働力化が急進して女性が勤労戦力化し、一世紀続いた核家族的家事分担が崩壊していく中、そんな社会規範の中で華咲いた「カワイイ文化」も滅びてしまうのかと危惧される。
■OLブランドの売上減少が止まらない
毎月のブランド別販売データを検証していると、勤労戦力化する女性向けの“抜け感”ある機能的なブランドやナチュラルなライフスタイル感のあるブランドが伸びる一方、かつて“職場の華”だった如何にも若いOLといったキレイでカワイイ洋服やバッグ、パンプスのブランドがどんどん売上を落としている。若いOL人口が急減していることに加え、男性同様な“戦力”と化して“職場の華”でいられる小綺麗なOLはどんどん少数派になっているゆえと推察される。
かつてはワンフロアを占めた百貨店のOLゾーンはキャリアゾーンに変わり、駅ビルでもキュートなOLブランドは勢いを失ってコンテンポラリーな勤労女性服ブランドが勢いを増している。ちょっと前まで一斉を風靡したカワイイOL向けバッグブランドの凋落など、そんな変化を象徴しているのではないか。
もとより「カワイイ」は大人になる事を婉曲に拒否して甘える幼児的保護誘因(ベビーシェマ)であり、男性同様の勤労戦力を強いられば消えていかざるを得ない。では「カワイイ」はいつから始まったのだろうか。
■「カワイイ」は大正期に始まった
「カワイイ」は職住分離で男性は出勤し女性は家事を分担するという大正期のサラリーマン階級形成に発して少女歌劇や少女小説、少女雑誌や美少女抒情画という大正浪漫少女文化を咲かせ、時代とともに変容して来たものと位置付けられる。宝塚や松竹の少女歌劇、浅草「カジノ・フォーリー」など少女レビュー(AKBの原点)、吉屋信子の「花物語」や川端康成の「乙女の港」など百合的な少女小説、「令女界」や「少女倶楽部」など大正期創刊の少女雑誌、その表紙や挿絵を飾った竹久夢二や高畠華宵、蕗谷虹児や加藤まさお、それを戦前昭和から戦後に引き継いだ中原淳一や松本かつぢなど美少女画家が「カワイイ」文化の担い手だった。キュートフェミニンなOLスタイルやラブリーなコスプレスタイル、AKBなど少女レビューや美少女アニメなど、その系譜の延長上にあると見るべきだ。
■欧米の核家族文化には「カワイイ」は育たなかった
半世紀先んじてサラリーマン階級が形成された英国では前時代の貴族文化からプチブル文化へと切り替わり、田園都市的核家族ライフスタイルが広がって大正〜戦前昭和期の住宅地開発やモダン文化に強い影響を与えた。我が国と前後してサラリーマン文化が形成された米国では1920年代のアーバン核家族文化、1950年代〜60年代のサバービア核家族文化が戦後日本の核家族文化のお手本となったことは言うまでもない。その時代の英国や米国には少女小説など日本と近似した少女文化が無かった訳ではないが、個人主義が確立された欧米では我が国のような多彩な広がりには至らず、今日ではコスプレ的世界を除けば「カワイイ」文化は潜伏した存在だ。
■「カワイイ」は消えていくのか
世界でも特異な発展を見せた日本の「カワイイ」文化はアニメやコスプレという非日常の世界では継承されていくとしても、日常の生活シーンからは消えていくのだろうか。背伸びして大人世界を志向すれば勤労者的機能性に吸収されざるを得ないとしても、上にも下にも人口を広げた化粧品業界のように、ローティーン(トゥイーンズ)にフォーカスすれば「カワイイ」はもう一花咲かせられるのではないか。
OLが「カワイイ」を志向する時代は終わったとしても、カワイイ盛りのローティーンやハイティーンから「カワイイ」が消える事はないだろう。むしろ「カワイイ」の低年齢化が進行すると見るべきではないか。ならば化粧品もファッションもローティーンに狙いを定めるべきだろう。
※幼児的保護誘因は動物生態学で「ベビーシェマ」と言われるもので、造形やしぐさの可愛らしさが周囲の保護本能を誘引すると定義される。アニメキャラの誇張された目や髪、独特のしぐさはもちろん、欧米人が「エンシャント・スマイル」と不思議がる曖昧な微笑も農耕民的「ベビーシェマ」と見るべきだろう。