小島 健輔
『予想どおりに不合理』に学ぶ
皮肉な心理的選択を解明する行動経済学が流行りで何冊もビジネス書が出ているが、中でも具体的な検証事例で解りやすいと評判のダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』を読み進めると、次々と出てくる私たちの愚かな選択にぐうの音も出ないし、それを仕掛けるマーケティング手法にはなるほどと納得してしまう。
ガールハント(ボーイハントも同じ)から売価設定まで「おとり効果」の事例に始まって、金銭的条件を求めすぎると購入(生涯)からリース(期間)になってしまう男女関係の皮肉な指摘に目を剥く「社会規範に経済規範を持ち込むな」など目から鱗の論展が続き、ショックな社会実験結果の連続に打ち拉がれてしまう。MBA流のスマートなマーケティングと言うより、社会的動物たる人間の社会規範(コミュニケーション・モラル)と明け透けな経済規範との狭間で企業の取るべき選択を暗喩しているようにも受け取れる。
そんな原点に帰るなら、百貨店のカード会員ポイント優待サービスなど、顧客のロイヤルティという社会規範を明け透けな経済規範に貶める愚行で、顔の見える社会規範的関係だった家庭外商とは較べるべくもない。百貨店に限らず、顧客をシステムで管理し、果てはビッグデータとAIに任せようとする風潮は、長年かけて築き上げた社会規範関係を経済規範関係に変換して現場の担当者と顧客の絆を断ち切り、企業と顧客の関係をドライな利己選択的流動関係に貶めてしまうリスクが指摘される。しかも一度、経済規範に堕ちた顧客関係は容易に社会規範には戻せない。不可逆的堕落と言ってよいだろう。
政治も経済も人間関係も経済規範に流れて『黒いものも白い』と力で押し切られ、“モラルと良識”が担保する社会規範が崩壊していく今日の状況はまさしく末法末世だ。ITもAIも無人店舗もドライな経済的合理性も結構だが、それで得られるものと失うものとのバランスシートを読む理性ぐらいは残っていると望みたい。