北村 禎宏

2018 02 Jun

リテラシーも減少中

 出生数が最少の94万人になり人口の自然減が39万人と最大幅を記録した。不可逆的に進むであろうこのトレンドをV字回復するには、この国の姿を大きく変えるしか方法はなさそうだ。

 塾の第一回目で取り扱った書籍は「人口減少経済の新しい公式(松谷明彦)」だった。人口動態のフォアキャストには多くの不確実な変数が絡むことから諸説様々ではあるが、かなりドラスティックな人口減少経済の到来が目前に迫っていることは間違いない。消費人口も労働人口も大幅な減少を避けることはできないが、
どちらかを原因としてどちらがを結果として規定することはできない。相互に依存しあっており、負のスパイラルが高速回転を始めてしまえば恐ろしいスピードで経済がシュリンクしていくことが考えられる。

 ただし、総量は縮小しても単位当たりすなわち一人あたりの付加価値を増すことは可能である。豊かさの要素のうちもっとも重要なのは“時間”であり、松谷氏は、有り余る時間を社会として個人として豊かに過ごすことができる、そのような心構えと準備が必要だと説く。

 にもかかわらず、“リテラシー”という人間の豊さの源泉のひとつが確実に低下している現実がある。ロジカルシンキングの受講生から深刻な表情で個別の質問を受けた。若い世代の教育を担当している女性だ。彼ら彼女らにはロジカルシンキングでピラミッドストラクチャーを描く問題以前の何かもっとベーシックな問題があるように思えてならないが、それが何なのかよくわからないという内容だった。

 私は即座に「若い世代におけるリテラシーの低下」が著しいと回答させていただいた。頭をよぎったのは昨年末の衝撃的な報道だ。やや長文になるが昨年11月28日付けの産経ニュースからそのまま引用する。

 中学の教科書から引用した「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」の一文と、「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」の一文とが同じ意味かどうかを尋ねたところ、「同じ」と誤答した中学生は約43%を占め、高校生でも約28%が間違えた。

 ほかの教科書から引用した「仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている」を読み、オセアニアに広がっている宗教を「キリスト教」と答えられなかった中学生は約38%、高校生は約28%だった。

 調査では、中高生に1カ月に読んだ本の数やスマートフォンの利用時間、1日の勉強時間など生活状況も尋ねたが、読解力との明らかな相関はみられなかった。一方、経済的に困難な家庭に学用品などを補助する就学援助を受けている子供の割合が多い学校の正答率が、相対的に低いことも分かった。

 当該調査では経済的背景以外の要因で有意な相関は見つけられなかったとあるが、読んだ本の質とスマホ上で何を読んで何を発信しているかとは明らかに相関があるはずだと私は仮説立てる。

 単なる事実やアクションだけでなく、精神や思想までが包含されて、かつレトリックが駆使された、一見してとっつきにくいけれど味わいは芳醇なリッチな文章かどうかが質の問題だ。ツィートは140字から280字にキャップが上がったが、目一杯使って構造的な文章を発信できているか?ラインのチャットで部品としての単語やショートセンテンスのキャッチボールしかやらないのではリテラシーは鍛えようもない。まして自分の思いをスタンプで表現してしまっては何の技量も磨かれない。

 入試の小論文対策を社会人版に置き換えてトレーニングの素材にしてはどうかとアドバイスしたところ、とても晴れやかな表情で納得されたようだった。羽生結弦選手の力の原点は「言葉を書き、頭に入力する習慣」だとスポーツライターの佐々木亨氏は言う。大谷翔平選手には「他者の助言を自分なりにアレンジできる」長所があるそうだ。

 数年前にアパレルウェブ社長の千金楽さんから薦められた永田玄氏によるゴルフ三部作を思い出す。永田氏は還暦を過ぎてクラチャンになったもの凄いアマチュアゴルファーだが、世のレッスンプロのリテラシーのプアーさに辟易して自分で指南書を三冊したためたという。いくら自分がプレーできてもそれを言葉にして、それも相手にわかり易い言葉に翻訳、装飾して伝える能力がないとレッスンプロはできないと。まったくその通りで、マガジンハウス社の編集者を経験している氏の記述はスッと体に入ってくる。

 ネット社会の進展がいたずらにトラフィックを量的に拡大させるだけで、そこで飛び交っている情報の質が劣化していては元も子もない。データ(素情報)⇒インフォメーション(形式情報)⇒インテリジェンス(意味情報)⇒ナレッジ(知識情報)⇒ウィズダム(英知)。情報の五階層モデルのインフォメーションで留まることなくウィズダムまで突き抜けなければ、人間社会ではなく単なる烏の集団に陥落してしまう。