北村 禎宏

2019 13 Sep

もうひとつのラストワンマイル

ラストワンマイルはロジスティクスの世界でよく耳にする言葉だ。

 とりわけヤマト運輸がラストワンマイルのサービスクオリティに徹底的にこだわることで、宅配ビジネスの普及と発展に寄与してきたことはよく知られている。通販ビジネスの立ち上げに際して、コストは多少かかるものの迷わずヤマトさんのラストワンマイルを採用させていただいたのは18年前のことだ。そのヤマトさんも激動する環境変化に四苦八苦しているが、もうひとつのラストワンマイルが突き付けられたのが今週の日本だ。

 四日を経過した今なお停電の復旧が滞っている。電気が通じたと思ったら今度は断水だ。四日間の大型研修の初日の月曜は、公共交通機関の再開遅延の影響が大きく、およそ半数の受講生が午後から遅刻しながら三々五々参集する事態に見舞われた。幸い交通の遅れ以外の状況には遭遇せず、二日目からは順調にカリキュラムを消化して何とか事なきをえることができた。その一方でライフラインの不自由を強いられている人々が解消しない現状には心が痛む。

 昨年の北海道でブラックアウトでは経験と学習を蓄積することができた我が国の電力業界であるが、今回の事態は改めて初めての不測の事態となってしまったようだ。比較的上流の幹線ではインターネットと同様に迂回やバックアップが可能な電力供給システムも、最後の一歩は最寄りの電柱から各家庭への電線が一本あるだけだ。物流のラストワンマイルは複数のトラックとドライバーで相互補完することが叶うが、電気はそういうわけにはいかない。

 しかも現場現場で必要な復旧仕様とそれに伴う機材や人材も、いちいち作業員が目視で確認してから泥縄式に調達しなければ仕事はが前に進まない。鉄道の再開も見込みが狂って大混乱につながったが、今回の電気の復旧は予め見通しを立てることは困難どころか不可能であることを前提にしなければならないようだ。

 溜めることができないので常に受給のバランスを取り続けることが宿命づけられている電気の災害に、溜めることができる水が電気がないことから溜められなくて断水になる事態は皮肉以外の何物でもない。皮肉ではなく人間が作り上げた脆弱なシステムに対する自然からの警告だと受け止めるべきだろう。

 エネルギーの生成とそれを供給するインフラが常態にあるといういくつもの前提が掛け算されたところでシステムは動いている。クリティカルな箇所がダウンしたり、そうではない箇所がトリガーとなって負の連鎖が止まらなくなったときに脆弱さが顕在化して大きな障害が発生する。御巣鷹山に墜落した旅客機は垂直尾翼の制御に4つの系統を有してフェイルセーフが成立しているはずであった。しかし肝心の垂直尾翼の直前ではバラバラに引かれた四本のラインも一か所に集中せざるをえず、圧力隔壁がその集中した場所を直撃して吹き飛ばしてフェイルセーフはもろくも崩壊した。

 最後の最後が一本の電線に依存せざるを得ないインフラは、パラレルなバックアップが期待できない脆弱システムと言わざるを得ない。ガスも水道も原理は同じなので、私たちの生活は超薄氷の上でどうにか奇跡的に成り立っている心細いものに過ぎないと改めて考えさせられる。

 テクノロジーにのみ依存した技術的な議論だけではなく、バックアップや復旧や支援に際しての社会学的思想の幅広い議論と仕組みの構築が求められているのではなかろうか。