北村 禎宏

2020 08 Jun

キャズムを超えた働き方改革

 遅々として進まなかった働き方改革が一気に前進した。まさにキャズムを越えたという印象がある。

 キャズムとは飛び越えるのが困難な深い裂け目という意味だ。ハイテク分野を専門とするマーケティングコンサルタントのジェフリー・ムーア「キャズム」を世に問うたのは今世紀初頭のこと。帯には「ドリームキャスト」「PC98」「レーザーディスク」はなぜ市場から消えたのか?とのキャッチが記されている。

 イノベーションの普及のボトルネックはイノベーター理論で言うところのアーリーアダプター(上位16%の先物食いの人々)とアーリーマジョリティ(次の34%を構成する比較的新しいものに飛びつきやすい人々)との間にあり、それをクラックをよりも飛び越えにくいキャズムと呼んだ。

 14年には「キャズム2」が上梓され、2の帯には「3Dプリンター」「スマートフォン」「クラウドコンピューティング」はどうやってキャズムを超えたのかとある。いままさにキャズムのあたりでうろうろしていたり、もはや滑落してしまったのではないかと思われるハイテクとして、燃料電池、太陽光発電、セグウェイ、衛星携帯電話などが挙げられる。一方で超越したなと思われるものは電子書籍や電気自動車だ。

 頭の16%の人々は先進性でフックを掛けることができるが、次の34%の人々は比較的コストには寛容なものの、先進性だけでは足りず、それに安心が伴わなければアクションを起こしてはくれないとキャズム理論は説く。

 遅々として進まず、TOKYO2020に向けたテレワークの模擬実験も大きなうねりになることはなかった。それがここにきてあっと言う間に景色が180度転換した。深い溝にはこちらから進めていくから落ち込むのであって、はじめから反対側から引っ張ってもらえば落ち込むことはない。

 生命の安全、安心を担保するために街に出ず、オフィスに顔も出さずという行動様式はハイテク機器の有無やリテラシーとは無関係に人々を家庭に封印した。一次的なものではなく在宅勤務を恒久的に制度化する会社も登場した。もともと客先への出張以外は在宅勤務を十数年続けてきた私のようなビジネススタイルの人間は今更であるが、多くのビジネスパーソンが毎日何のためにオフィスに体を運ぶのかという問いを真剣に考えたことだろう。

 会社側も同様で、その必要なしという答えに至る個人も邦人も少なくないと想像される。考えてみれば毎日のように宮殿や城に通勤して用務を済ませる勤務スタイルは、通信手段が手紙しかなかった何百年も前からの生活と勤務習慣だ。

 インターネット時代に入って20年以上になり、通信速度も容量もデバイスの性能も飛躍的に進化したが、数百年来の習慣をおいそれとは変えることができなかったが、まるでタイムマシンに乗って別世界にいきなり放りこまれたようにも感じられる。

 その一方で非正規の人々やフリーランスの苦難は今後もエスカレートしていくと考えられる。一気に進展した働き改革もあれば働き方改革が裏目に出て社会問題化する側面も見えてきた。十把一絡げで働き方を語ってはならないようだ。

 飲食店やエンタメなど、満席、満員を前提に成り立ってきたビジネスモデルも転換を迫られている。働き方改革ではなく、集まり方改革とそれに伴う抜本的なビジネスモデルの転換が求められている。