宮田 理江

2020 29 May

ファッションと景気・歴史の親密な間柄 映画『グッド・ワイフ』を見て

◆富裕層マダムの「おしゃれバトル」

1980年代末のいわゆる「バブル期」には、「濃いめ」のファッションが盛り上がりました。ボディコンシャスや肩パッド入りスーツはシンボル的な装い。同じように82年の経済危機に襲われるまでのメキシコでも、石油ブームに伴う好景気を追い風に、おしゃれを楽しむリッチ層が現れました。メキシコ映画『グッド・ワイフ(LAS NINAS BIEN)』では当時のアッパークラスの妻たちが見栄とプライドをぶつけ合います。

暑いメキシコらしい、マダムたちの涼しげな着こなしが見どころの一つになっています。ジャケットを羽織らないブラウス姿が装いの主役になりますが、いずれ劣らぬリッチレディーだけに、生地や刺繍などに特別感があり、1枚で着てもリュクスなたたずまい。マダムたちのお茶会は「おしゃれバトル」の戦場でもあります。勝負どころは上半身。椅子に座ったパーティーの席では、主に上半身だけが見えるからです。「上半身映え」が求められるという、テレワークでのビデオ会議・ミーティングにも参考になりそうです。

 

◆華やかなファッションと女性の居場所

服やバッグが「マウンティング合戦」の武器のような扱いになっていて、「どこのブランドかしら」「譲ってあげてもいいわ」といった、ファッションアイテムを巡る台詞も登場。パーティーに集まった女性たちが互いの着こなしに交わし合う、火花が散るような視線の交差も、彼女たちにとって「ファッション=序列、ポジション、勝ち負け」であることを示しています。

約40年前にあたる80年代前半が時代背景とあって、懐かしい描写がたくさん盛り込まれています。たとえば、喫煙シーンも驚くほどの頻度です。ファッション面ではドレスのシルエットや、色・柄使い、ジュエリーの豪華さなどに時代感がうかがえます。リッチマダムたちはテニスや買い物、ホームパーティーに興じる毎日。金持ち夫の「所有物」のような立場に置かれている夫人たちの居場所も現代との違いを感じさせます。

 

◆ファッショントレンドの変遷は女性の仕事・人生観とリンク

一方、現代では働く女性が当たり前の存在になり、近ごろのトレンドでも「強い女」のイメージが打ち出されています。その一方で、今回の映画のようなクラシックな雰囲気が復活する動きも同時進行で広がっています。女性の社会的イメージの移り変わりを、たくさんの映画に登場する女性の装いを手がかりに考察するような研究は、興味深い成果を示してくれそうです。ファッショントレンドの変遷と重ね合わせれば、女性の役割意識や仕事・人生観なども浮かび上がるはずです。

どこの国・地域でも、経済が豊かになれば、新興のリッチ層はラグジュアリーファッションの熱心な顧客になりたがります。ファッションのステータスシンボル化が進むわけです。その国・地域では主張が強めのパワールックが盛り上がりやすく、今回のメキシコでもそうでした。日本ではバブル崩壊後、「イケイケ」系の装いは退潮。リーマン・ショックの後にはファストファッションが上陸し、当時のデフレ志向にマッチして、一気にコストパフォーマンスウエアの市場が膨らみました。

 

◆サステナビリティーや自分らしさが重んじられるように

サステナビリティー意識の高まりや、「持たない」派の増加などを背景に、ファストファッションも近年は一時期の勢いを失いました。さらに、直近のコロナ・ショックはファッションとの向き合い方を劇的に変えそうな気配があり、新たな転換期を迎えるのは確実と思われます。

見た目の「クラス感」よりも、自分流のライフスタイルのほうに価値を見出す人が増えてくると、リッチぶりや階級意識を表す「装置」としてのファッションは意味が乏しくなり、自分らしい「スタイル」が重んじられるようになっていきます。「着こなし」はこの変化を象徴する言葉。日本ではこの40年間でそういう方向への成熟が進んできたと言えるでしょう。

ウィズ・コロナが「ニューノーマル」となる時代を迎え、「他者のまなざしから解放されたとき、人はどういうファッションを選ぶのか」「誰からも見られない状況でも、人はおしゃれであろうとするのか」という問いが生まれました。「他人と会わない」時代に、服はどういう意味を持ち得るのかは、ファッション業界人がしっかり考えていく必要のあるテーマです。多くの答は歴史の中に既にあるという教えに従えば、経済環境とファッションの関係を考えるうえで、今回のような時代設定の「おしゃれ映画」を見返すことは、思考の幅を広げてくれることでしょう。

映画『グッド・ワイフ』
goodwife-movie.com
(c)D.R. ESTEBAN CORP S.A. DE C.V. , MEXICO 2018
配給:ミモザフィルムズ
2020年7月10日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開

 

Written By Rie Miyata

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