宮田 理江

2022 07 May

「新・ラグジュアリー」とは? ビジネス目線から離れ、文化・歴史に着目

「ラグジュアリー」という言葉は日本では「高級ブランド、贅沢、リッチ」といったイメージでとらえられがちです。でも、必ずしもそういった「豪華」「お金持ち」のライフスタイルを形容するだけの概念ではありません。さらに、近年は文化的な意味合いからも重視されるようになってきました。

そうしたラグジュアリーの新たなありようをとらえ直すうえで手がかりとなる好著が出版されました。『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』(クロスメディア・パブリッシング発行、インプレス販売)は、「ラグジュアリー」という切り口からブランドやファッションを改めて考える機会を提供してくれます。これまでのラグジュアリー観を書き換えるような提案が示されたこの本は、共にオリジナルな視点を持つ安西洋之氏と中野香織氏の共著です。

全体は10講から構成されています。値段やステータスと関連付けられた「旧型」のラグジュアリーとの違いを際立たせつつ、「新・ラグジュアリー」の輪郭を描き出していく章立てです。主に文化や歴史の側面から掘り下げていく中野氏の解説に引き込まれました。途中にはユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文氏との鼎談も盛り込まれています。

マーケティング的な読み解きと、文化面からの掘り下げがそれぞれの講を立てて説明されていくので、「新・ラグジュアリー」を立体的に理解するのを助けてくれます。ラグジュアリーの意味が時代とともに変化していく様子もわかります。

伝説の編集者、ダイアナ・ヴリーランドの名言「エレガンスとは抵抗である」が引用されている通り、「上品=ラグジュアリー」とは限りません。人間らしさを尊重する「ロマン主義」との関係についても「気づき」をもらえました。

多面的に光を当てながらも、「新・ラグジュアリー」にストレートな定義を与えることは慎重に避けています。実際、複雑な要素を併せ持つので、一言で説明するのは危ういところがあります。様々な切り口からの論考が読み手の意識を肉付けしていくプロセスは、まるで書き手からの個人セミナーを受けているかのようです。

本書の中で重んじられているのは、文化や歴史の側面です。レンジを広げて言えば、「知性」とも呼べるかもしれません。値の張る素材やアイテムに高級感の根拠を求める物質的ラグジュアリーとは、正反対とも言えそうなポジショニングです。

さらに、それらを受け継ぎ、深め、愛(め)でる人たちの志(こころざし)や見識、情熱などにも目配りしています。従来はビジネスの視点から語られがちだったラグジュアリーに、ヒューマンな視点から寄り添うアプローチです。

共感に根差したファンマーケティングのような形で、既にそうしたマーケットは膨らみ始めていて、クリエーションの源ともなりつつあるようです。クラフトマンシップを重視する傾向は近年のファッション業界でも勢いづいていて、買い手側からの支持も広がる流れにあります。

顧客の求めに応じる格好で、上質な手仕事を提供する取引は昔からありましたが、近ごろは作家性や社会正義、冒険心などを重んじる、新たなラグジュアリーの担い手も登場してきました。さらに広がりを見せそうな「新・ラグジュアリー」像を自分なりにとらえるうえで、本書は優れたガイドブックと言えるでしょう。

新・ラグジュアリー ――文化が生み出す経済 10の講義