栗田 亮

2018 28 Mar

ココ・シャネルが作った「スタイル」って何ですか?

今回は、ココ・シャネルが作った「スタイル」について見ていきます。

シャネルは女性ファッションに多くのイノベーション(新基軸)を起こしました。現在では当たり前の「スタイル」になっているものばかりです。


1.パンツスタイル

1914年に第一次世界大戦が始まると、戦争に行く男性に代わって多くの女性が社会に出て仕事をするようになりました。工場などといった男性職場で働く女性も増え、作業着として男性用ズボンを履く人も増えました。そんな姿を見て、自分自身もパンツスタイルを好んだココ・シャネルのですが、おしゃれな女性用のパンススタイルを作り出しました。パンツスタイルは多くの賛同者を生み、機能性よりもファッションとして流行しましたが、後年、彼女はこのことを後悔したといわれます。

「私は慎みを持って女性のパンツスタイルを作り出した。しかし、その履きやすさから、今では7割の女性がディナーの場にまでパンツを履いくるようになってしまったのは、とても寂しいことだ。」ココ・シャネル86歳のときのことばです。

 

2.ジャージー素材

男性用の下着素材だったジャージー素材を、はじめてファッションに取り入れたのもココ・シャネルです。パリにオープンさせた最初の店で、ジャージー素材の服を沢山並べました。これに対して、シルクやサテンなどの高級素材に慣れ親しんだ顧客たちがショックを受けたと言われています。しかし、戦争の影響で高級素材が手に入れにくくなる一方、ジャージー素材は、大量に手に入れることができた上に、安価で着やすかったため、やがて顧客たちに大いに受け入れられるようになりました。


3.コスチュームジュエリー

コスチュームジュエリー(模造宝飾品)を最初にコレクションに取り入れたのはココ・シャネルではなく、ライバルデザイナーだったポール・ポワレです。しかし、本物とフェイクを組み合わせて使うトレンドは、ココ・シャネルが大粒のフェイク・パールときらびやかなジェムストーンの組み合わせを発表してから本格化しました。ココ・シャネルのデザインする服はシンプルだったので、宝飾品がとても良く似合ったのです。本物の宝石が高価で少ししか持てないのなら、手頃な価格のジュエリーを贅沢に使う方がよい、というのがココ・シャネルの考え方でした。

4.リトル・ブラック・ドレス

黒は、今日ではドレスの定番カラーですが、ヴィクトリア時代の常識では、葬儀や喪に服す未亡人が着る色と決まっていました。おしゃれな女性は、鮮やかな赤や緑、青を身につけるべきだとされていました。しかし、ココ・シャネルは、黒はシンプル・エレガンスの基本カラーであり、もっと日常的に身につけるべき色だと考え、自分自身も黒を好んで身につけていました。伝統的な色使いを重視する、ライバルデザイナーのポール・ポワレが、偶然街で出会ったココ・シャネルが黒い服を着ているのを見て「今日はどなたのお葬式ですか、マドモアゼル?」と皮肉を言ったという逸話が残っています。ココ・シャネルの返事は、「あなたの葬式よ、ムッシュー」だったそうです。


5.バイカラーパンプス

 

ベージュとブラックのバイカラーパンプスは、リトル・ブラック・ドレスやツイードジャケットと並ぶシャネルのアイコンのひとつです。1959年、他の多くのココ・シャネルのイノベーションと同様に、メンズのスポーツウェアからヒントを得て生み出されました。50年以上たった今でも、おしゃれな女性たちから、もっともエレガントな靴として支持されています。


6.2.55バッグ


1920年代、ココ・シャネルは、女性が両手を自由にできるバッグをデザインしようと考え、兵士が使うバッグに、チェーンストラップを付けた画期的なデザインのバッグを生み出しました。チェーンストラップは、ココ・シャネルが子供の頃過ごした修道女のベルトからヒントを得たと言われ、革のハンドルより耐久力に優れています。
1950年代にココ・シャネルがファッション界に復帰したときに、このバッグのデザインは改良され、その日付1955年2月にちなんで2.55と名付けられました。
2.55バッグには、口紅を入れるポケットや、恋人のラブレターをしまっておく秘密のポケットなど、機能だけでなく遊び心も大切にするココ・シャネルの姿勢がうかがえます。


7.シャネルスーツ


最初のシャネルスーツは、1923年8月5日、ココ・シャネルがパリのサロンで行ったコレクションで発表され、ツィードのスーツは大いに話題になりました。
1939年、第二次世界大戦が始まると、ココ・シャネルは仕事を辞めてスイスに移り住みますが、1954年にファッション界に復帰。ツィードのスーツに改良を加えて、今日のシャネルスーツが生まれます。
ブレードの縁飾りのついた、襟なしのボックス型ウールジャケット。金色のロゴマークの入った飾りボタン。スリムラインの膝丈スカート。着用時にラインが美しく落ちるように、シルクのライナーには繊細なチェーンが縫い込まれています。
シャネルスーツは、戦後の女性に向けたココ・シャネルの代表作となり、まずアメリカで大流行しました。オードリー・ヘップバーン、グレース・ケリーといったセレブ達に愛用され、ジャックリーン・ケネディが、ケネディ大統領夫人のジャックリーン・ケネディが大統領が暗殺された日に着ていたことでも知られています。
また、1971年1月13日、ココ・シャネル自身の葬儀では、最前列にシャネルスーツを着たモデルたちが並びました。

追記:ココ・シャネル自身がデザインを真似されることに対して寛大だったこともあり、シャネルスーツは大量のコピー商品を生み出しました。本物のシャネルスーツの見分け方ガイド(英語)も作られています。


8.ブランドの香水


1921年に、最初に意図的に人工合成香料を使用した香水としてシャネル N°5は生まれました。当時の香水は植物成分から作られた天然香料を使うのが当たり前で、ブランドオリジナルの香水を作ったのは、ライバルのポール・ポワレの方が先でした。しかしうかつにもポワレは香水にブランド名を入れることをしませんでした。(恐らく大量生産を意識していなかったのだと思います。)
一方、ココ・シャネルは、N°5に自分の名を入れ、新しいマーケットにその名を広めました。
90年経った現在では、ファッションブランドならどこでもブランド名のついた香水を持つことが当たり前になり、香水の方がアパレルよりも利益を出すことも珍しくなくなりました。


まとめ

ココ・シャネルが作った「スタイル」

1.パンツタイル
2.ジャージー素材
3.コスチュームジュエリー
4.リトルブラックドレス(LBD)
5.バイカラーパンプス
6.2.55バッグ
7.シャネルスーツ
8.ブランドの香水


いまでは当たり前に感じられるものばかりですが、どれもココ・シャネルというひとりの女性が生み出したイノベーション(新基軸)だと思うと、感慨深いですね。


今日はここまで。
(キンコンカン)