久保 雅裕

2022 12 Nov

第35回東京国際映画祭に何を見た??


アンバサダーの橋本愛©2022 TIFF
アンバサダーに橋本愛を迎え、2022年10月24日〜11月2日、第35回東京国際映画祭が日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催された。
今回は、以下の6本を紹介する。

『ザ・ウォーター(原題エル・アグア)』


アリカンテの南、スペイン南東部オリウエラの街は、何年かに一度、大きな洪水に見舞われる。そんな村に伝わる洪水に捧げられる生贄伝説のような寓話がベースにストーリーは展開する。
村には川に愛された美少女が行方不明になるという噂がある。ある豪雨災害が近づいている夜、少女が居なくなる。その真実とは?
田舎町の若者たちの日常、紡績工場や皮革縫製工場で働く姿を随所に織り込み、都会への憧憬を思い描く若者達の「田舎から脱出したい」という思いが交錯して、地方都市の課題が浮かび上がる。
アリカンテのあるスペイン南東部は、婦人靴を中心とした産地で、筆者も一度、靴工場取材に訪れたが、この映画の中でも工場内で若者の一人が靴を縫うシーンが登場する。監督の出身地とのことで、現地の実情がリアルに反映されトピックとして扱われているようだ。
たまに氾濫する川は昔からそこにあるが、以前の美しい川から、工業排水で汚染された今の姿に変ってしまった様子などから、若者の未来への希望の少ない社会を作ってしまった資本主義への警鐘も感じ取れる。多分、裏テーマは、そんなところにあると思った作品だった。

『アイ アム ア コメディアン』


お笑い芸人、ウーマンラッシュアワー・村本大輔を追ったドキュメンタリー映画だ。福井の原発の街に育ち、原発に飼いならされる街の人々の哀歓を目の当たりにしてきた村本ならではの、胸をえぐられるようなトークとスピード感に圧倒されながら、一気にラストまで突き進んだ。終わってみれば、拍手が起こるというハプニングも。以前にも書いたが、プレス向けP&I上映会では、なかなか拍手は起こらない。私の知る限りではグランプリを取った『新聞記者~ドキュメント』くらいで、もちろん、映画ジャーナリストの方々が見るほど沢山の映画は見てないので、珍しいとも言い切れないのかもしれないが、私の中では、100本に1本位の確立だった。
閑話休題、父との葛藤が伏線として流れている。両親は熟年離婚し別居状態だが、それぞれと仲良く対話する村本の姿は、ありのままの彼なのだろう。特に父親とは、いつも論争になってしまう村本のいらだちに、父親の超克を目指す心模様が見て取れる。そんな父を前日に亡くした日のライブも壮絶だ。「昨日父が死にまして・・・」から始まり、父の死を笑いに変える強さも持ち合わせている気迫に押されっぱなしだ。在日韓国朝鮮人、沖縄、原発と向き合い、政治を笑いのネタにすることの困難な歪んだ日本社会に鋭くツッコミを入れる村本に「乾杯!!」。
マルジェラのカットソートップにグローブトロッターのキャリーというオシャレさんの側面も垣間見えるが。

『あつい胸さわぎ』


©️2023映画「あつい胸さわぎ」製作委員会
初期の乳癌に冒された大学生の初恋と母親との葛藤を描く。とはいえ常盤貴子演ずる母親のおっとりと構えた逞しさのような懐の深さが、この映画にどことなく安心感を与えている。
吉田美月喜演じる主人公の女子大生は、同じ地方大学に通う幼馴染の同級生に淡い恋心を抱いている。だがデート中に以前から友達のような姉貴のような付き合いをしてきた母親の職場仲間のマエアツとバッタリ。彼氏はマエアツの自由奔放な生き方と態度に徐々に惹かれていき。「あーあ、そうなっちゃったか~」みたいな方向へ。
初期とはいえバストを失うかもしれないという乳癌という事実が、彼女の心を波立たせる。

『月の満ち欠け』


©2022「月の満ち欠け」製作委員会
輪廻転生、リインカーネーションがテーマのドラマだ。
大泉洋演じる東京のサラリーマンは、妻と娘に恵まれ幸せな日々を過ごしているが、突然、妻子を交通事故で失う。娘は、生前の記憶をもとに、危機が迫る会ったこともない「生前の記憶の女性の彼氏(恋人)」に危険を知らせに向かっているところだった。目黒蓮演じるその「恋人」が、数年後、大泉洋を訪ねてくる。「あの交通事故の時、娘さんと会う約束だったのだが、それは自分の恋人(有村架純)の生まれ代わりだ」と。
シーンはまた1980年代に戻って、夫からDVを受ける有村架純が、ふと出会った大学生(目黒蓮)と恋に落ちる。その大学生が、後に大泉洋に会いに来る訳なのだ。あ〜複雑。更にリインカーネーションが重なっていき、ちょっともう一回観ないと混乱して頭が整理つかない感じ!
80年代の高田馬場駅前、ビックボックスなど懐かしい風景が人と車以外は、全てCGで甦える。ややクルマが古過ぎる気もしたが、丁度あの頃、高田馬場駅を利用して大学に通っていた筆者としては、懐かしすぎて、個人的な思い出も心の引き出しから飛び出してきて、結果ストーリーに追いつけず、混乱のうちに映画は終わってしまったというのが、正直なところだ。もう一度観たい!!

『アルトマンメソッド』

イスラエル映画だが、アラブ人に対する偏見や差別をさり気なく皮肉った作品にも見えた。
生徒が集らず道場を閉めなくてはならなくなった武道家のアルトマンが自宅マンションの掃除婦を装ったテロリストに襲われたが、「相手を無力化」、つまり逆に刃物を奪って自己防衛で殺害したというところから、話は始まる。売れなくなった元女優の妻は、復活を目指して歌のレッスン中だ。被害者としてテレビインタビューを受けるうちに、彼に護身術を習いたいと生徒が殺到して、道場を復活させる。今度は宣伝用に妻をテロリスト役に見立てて動画も作りはじめる。
そんな中、妻は家の中の包丁が一つ足りないのに気付く。あ~怖!!

『クロンダイク』


2014年マレーシア航空撃墜事件当時のドネツク州のウクライナ人妊婦と夫、そして妻の弟の話。親ロシア軍が支配するエリアの野原に住むが、夫は親ロシア派を装い、事なきを得ようとする。一方キーウから戻った弟は、臨月に近い姉に「キーウに逃れよう」と説得するも、「私はここで産む」と拒否される。
誰が撃ったか分からない砲弾が家を直撃したり、マレーシア航空機を撃ち落としたりと混沌とした状況の中、牛の搾乳、妊娠期の葛藤などの日常と空襲警報の非日常が繰り返し襲ってくる恐怖。あまりにも暗澹たるシチュエーションのもと、暗いドキュメンタリーのようなドラマに深いため息しか出ないが、これがまさに現実のウクライナ東部なのだろうと想いを馳せる映画だ。

脳を刺激し、新たな境地へと誘ってくれる映画の力に、毎年感謝の気持ちが強くなる一方だ。世界の片鱗を、ここ東京に居ながらにして感じ、接しているかの如く追体験させてくれる有難い媒体だと。「いや~映画って本当に最高ですね。ハイ、それではサイナラ、サイナラ~」