久保 雅裕

2019 20 May

残していかねばならない価値

このゴールデンウイークに名古屋の有松を訪ねた。有松鳴海絞りのスズサン(suzusan)がファクトリーショップを出したということで、帰省のUターンの際に立ち寄ってみようということになった。絞りのランプシェードなどでメゾン・エ・オブジェに出展し、人気のブースとなり、トラノイにはストール類で出展をスタートし、その後トータルファッションに移行していった。イタリアのショールームを得るなどして、ミラノのバンネル( ビッフィの姉妹店)でのポップアップも行なうなど快進撃を続けている。もう彼此何年の付き合いになるか。デュッセルドルフに拠点を置いて、スズサンの海外進出を担ってきたのが、村瀬弘行さんだったのだが、国内本社のテコ入れのため、彼が今年から日本に拠点を移し、しばらく有松に居るというので、「ばったり会えたら良いな」くらいの軽い気持ちで立ち寄った訳だ。クルマで店の前に着くと丁度店から出てきて帰るところの彼にバッタリ。「運とはこういうものだ」と微笑んでしまった。

右が村瀬弘行さん

スズサン・ファクトリーショップ

アイガエシ

村瀬さんに新しくできたスズサンのファクトリーショップと少し前にオープンしたという若手社員が企画する別ブランド「アイガエシ(aigaeshi)」のショップ、そして本社アトリエを案内してもらった。

本社アトリエ

型紙

有松絞りは図案、型掘り、縫い、括り、染色など、各工程が分業制で、それぞれ家庭的な規模で生産のサプライチェーンを形成してきた歴史がある。だが最盛期 1万人以上いた産地の職人も今は急速な高齢化が進み200人以下となり、型紙作りを生業としていたスズサンも絞り、染色を小さいながらも一貫して作れる仕組みに改めた。現在は他地域からの20~30代を中心とした若手の職人と共に業容を拡大してきたという。アトリエの1階に生産設備が揃っており、染料、染色釜、洗濯用の浴槽、脱水機や物干し竿などが所狭しと配置されている。2階にはワークショップができるスペースもあり、募集をかけるとすぐに埋まってしまうそうだ。

しかし、中小生産者にとっては課題も多い。サスティナブルが言われる昨今、自然染料への転換、染色の排水処理の厳格化にも取り組んでいかねばならないからだ。化学染料に負けないような発色の豊かな自然染料の技術開発や設備投資への行政のサポートが求められている。

スズサンはこの課題に対して、来春夏から始める100%和紙の素材を使った手編みのニットを作る予定で、この天然繊維を使った糸は、土に埋めると数ヶ月で土に帰るという素材だ。天然のUVカット、綿よりも高い吸水性、調湿効果、消臭効果も特徴だ。この素材を「草木染め」の元祖とも言われる神奈川の「草木工房」に持ち込み、アドバイスを乞いながら実現に向けて動いているそうだ。村瀬さんは「植物染料の難点は、堅牢度、自然由来なので季節がありコントロールが難しい、準備に時間がかかり数枚でも1日作業になってしまうコスト高の3点が問題です。ただ堅牢度については草木工房さんが長年研究していて、堅牢度が高く、かつ難易度は高いですが、ビビッドな色も出すことは可能です。今回新しくニットをコチニール、松煙、ヤマモモ、藍の4色で作ります。堅牢度も高く、染め直しできるようにも考えて、長く使っていただけ、着られなくなったら土に帰すことができるものです」と話してくれた。今年9月のパリ展で発表する予定だ。

ショップのある通りは風情のある佇まいの家屋が多く、筆者が訪れた小一時間の間にも数多くの外国人を含む観光客が行き交っていた。残していかねばならない価値の大切さをひしひしと感じた訪問だった。

suzusan factory shop 愛知県名古屋市緑区有松3026

金曜~月曜 11:00-17:00 TEL  052-693-9624