武田 尚子
パリ出展「BASARA」の新たな出発
先月9月中旬のことになるが、パリでランジェリーの夏展、「CURVE(カーヴ)」と素材展(アンテルフィリエール)が開催された。オリンピックの影響もあって、例年より2か月以上遅く、さらに同じ主催者による「Who’s Next」展に組み込まれたかたちでの異例づくめの開催となった。水着やリゾートウエアが中心で、ただでさえランジェリーの陰の薄い夏展だが、今回はいつも以上にその傾向が進み、そのほとんどが独立系の小規模ブランドであった。
その中でも注目されたのが、日本から初出展となった「BASARA(バサラ)」だ。ニューヨーク在住のデザイナーが、フランス・PERRIN(ぺラン)社のシルクを素材に、秋田の自社工場で縫製。今年スタートした工場で高品質の製造が確保できたのを契機に、世界を見据えて本格的な展開を始めるに至ったという(パリでの取材&撮影は磯部美保さん)。
ブースの前でニューヨーク在住のデザイナー、キミコ・ナカヤマさん
「BASARA」といえば、デザイナーのナカヤマさんと、スタイリストの村上さんが2016年に始めたシルクランジェリーのブランド。何度か東京での展示会で見て惹かれるものを感じながらも、近年は連絡もとだえていたが、今年2月に拠点を神奈川県葉山から秋田県能代市二ツ井町に移したというメールを、村上さんから受け取った。移住の理由は以下にある。
「ブランド運営をする中でこのままでは日本から”縫製”という文化が無くなってしまうという危機感を強く感じたことが発端でして、モノが当たり前にありふれているこの時代もそろそろ限界値。日本のよさでもある「いいモノを長く大切に使う」世の中づくりをすべく縫製という部分の表現をデザインし直す為に、縫製工場とコーヒースタンドがドッキングした施設を秋田県二ツ井町という小さな街に立ち上げました」
そこはかつて縫製を依頼していた工場があった場所。2019年に閉鎖された後に、他を方々当ったが、なかなか表現したいものを生み出すことができなかった。そこで、縫製の技術と経験を持った人のいるその地にもどり、「新しい文化の発信基地」をつくりたいと考えたという。
極上のシルクプリントの魅力を活かした洗練されたデザインが特長の「BASARA」
「縫製の世界は、50年縫っていたとしても伝統工芸士のような扱いを受ける事は稀です。工場には時間と量に追われる日常があり、今のモノがありふれた日常がそれを物語っています。若い世代は、時間と量に追われる監獄のような生活に憧れを抱かないでしょう。モノは当たり前にあるのではなく、誰かが頭を悩まし、技術を駆使して生み出していることを様々な年齢の人間に気がついて欲しい! 技術や経験のある時代を作った世代と、これからの時代を担う若い世代や、子供達との交流を図れる箱を今回私は作りました。今は平均年齢が70の女性3人が働く小さな工場ですが、少しずつ我々世代や若い世代にその技術と経験、モノを生み出す感動や興奮を伝えていけたらと思います」(以上、メールから)
まさに今、業界が抱えている問題を物語っている。このような背景を持ちながら、今回の出展は世界に発信していく一つの足掛かりになったに違いない。
艶やかなガウンをなびかせながら颯爽と歩くナカヤマさんの姿は、「CURVE」の会場でも目立っていたという。