桑原 ゆう

2021 11 Mar

11-24Mar2020_「詩歌をうたい、奏でる ―中世と現代―」オンデマンド配信

 先週末の2021年3月5日・6日、令和3年3月特別企画公演「詩歌をうたい、奏でる ―中世と現代―」が開催されました。大岡信があらわした「うたげと孤心」の思想を根底に、5日は「孤心」、6日は「うたげ」をテーマに、両日とも中世と現代の演目が組み合わされた内容です。

 私は、5日はジョン・ケージ《RENGA》のリアリゼーションと演奏で、6日は委嘱作品《ベルリン連詩Ⅱ》で「連曲」する作曲家のひとりとして、関わりました。

 両日ともライブ配信があり、そのアーカイブが8日まで配信されていましたが、本日11日よりあらためて、ビデオオンデマンド配信、つまり「見逃し配信」が始まりました。各日の中世の部、現代の部を個別に購入できる内容で、各映像1,500円となっています。

 【3月特別企画】オンデマンド配信のお知らせ→www.ntj.jac.go.jp/topics/kokuritsu/2020/3688.html

 中世の内容も素晴らしかったので、ぜひご視聴いただきたいのですが、ひとまず、現代の内容を簡単にご紹介します。

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 演目B:3月5日開催 現代の部/ジョン・ケージ 《RENGA》
 →eplus.jp/RENGA/

  音楽監督/川島素晴、Marc David Ferrum、桑原ゆう
  挿入部編曲/Marc David Ferrum、桑原ゆう
  演奏/坂真太郎(能謡)、松平敬(バリトン)、伶楽舎、アンサンブル東風、川島素晴(指揮)、桑原ゆう(指揮)

 ジョン・ケージ《RENGA》は、図形楽譜による作品。上が演奏中の写真ですが、今回楽譜を映しながらパフォーマンスを行いました。
 写真上の楽譜に、帯のような図が二列あります。上の列は5・7・5の計17マス、下の列は7・7の計14マスに区切られているのがご覧になれるでしょうか。この1マス分が1拍です。ケージは和歌の形式、五・七・五・七・七を音楽の拍節として使用したのです。和歌の形式で区切られた帯状の図に、ソローのスケッチによる絵柄が並べられたのが、この作品の楽譜です。奏者はスケッチの絵柄を音に変換していくように演奏します。楽譜は全12ページ。1ページに和歌が3首配置されているので、全部で36首。演奏全体は、結果的に40分弱となりました。​​​​​​

 《RENGA》はもともと78名の奏者のために書かれた作品で、パート譜も78部存在します。パート譜は、スコア上のソローのスケッチを78パートに分割したもので、全てのパート譜を重ね合わせると、このスコアの絵柄が完成するようなイメージです。同じ線を複数パートで受け持っていることもたまにありますが、ほとんどの場合、絵柄のごく一部分を振り分けられているので、シャッシャッとした線だったり、短いくねっとした線だったり、時には、よく見ていないと演奏し忘れそうな小さな点だったりします。パート譜だけで見ると、何の絵だかは全くわからないような状態です。つまり、複数の奏者でひとつの絵柄を完成させるのです。今回の演奏者は24名。まず、78部あるパート譜を24部に凝縮する作業が進められました。

 また、今回のリアリゼーションは、《RENGA》が独立記念200周年の1976年に世界初演された際、1776年の流行歌や当時の音楽のコラージュによる作品《アパートメントハウス1776》と文字通り同時演奏されたことにならって行われました。つまり、奏者は《RENGA》を楽譜通りに演奏するだけでなく、別の要素を取り込みながら演奏しました。別の要素というのは、1980年代末、昭和の終わり頃に聴かれていたであろう音楽です。なぜ、1980年代末かというと、以下の略年表に基づきます。6日の《ベルリン連詩Ⅱ》の内容も含め、この企画にまつわる出来事が1980年代の終わりに集中しているのがわかると思います。

 1976年9月30日:《RENGA》ボストン交響楽団による世界初演
 1987年9月29日:《RENGA(伶楽版)》 国立劇場大劇場での初演
 1987年11月3-6日:連詩「ファザーネン通りの縄ばしご」ベルリン芸術祭上演
 1988年11月18日:一柳慧作曲《ベルリン連詩》サントリーホールでの初演
 1989年11月9日:ベルリンの壁崩壊

 よって、楽譜上のそれぞれの空白部分で、1980年代の流行歌や、その頃までに存在していた音楽などを、①各奏者が好きなように挿入する、②各奏者の空白部分が重なっているところではアンサンブルでも演奏する、ということが行われました。②のアンサンブルで演奏する譜面については、マークと私とで編曲し、準備しました。その曲が演奏されているタイミングで、字幕には曲名が表示されます。ベルリンの壁崩壊当時、私は4歳で、その頃のことは覚えていないので、色々と調べながら選曲しました。多くの方が耳にしたことがある曲を選んだつもりですが、二つのカルテットが重なったり、雅楽合奏が重なったりと、音響はカオティックになるよう想定しています。

 演奏にあたって、指揮は二人体制で行いました。私は《RENGA》の五・七・五・七・七の拍節を淡々と指揮しています。振り方についてはシュトックハウゼン の《INORI》を意識しつつ、印契を元に、奏者が理解しやすいことを念頭におきました。ちなみに、テンポの指定は特になく、揺れても構わないことになっています。さすがの黒子の衣装で登場した川島先生は、《RENGA》のセクション名の提示、また、挿入されるアンサンブル曲の指揮を担当しています。

 なるべくバラバラに座る楽器配置で、1980年代末をイメージした、思い思いの衣装で演奏しました。

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 演目D:3月6日開催 現代の部/川島素晴・Marc David Furrem・桑原ゆう共作 《ベルリン連詩Ⅱ》
​​​​​​​ →eplus.jp/Berlin_Renshi2/

  演奏/坂真太郎(能謡)、松平敬(バリトン)、伶楽舎、アンサンブル東風、川島素晴(指揮)

 舞台後方にはベルリンの壁が配置されています。さすが、国立劇場の美術!
 下手に能謡の坂さん+雅楽、上手にバリトンの松平さん+室内オケ。ときに入り混じりながら日本語詩とドイツ語詩を歌い分けながら音楽が進行します。

 一柳慧先生がオーケストラで作曲された《ベルリン連詩》。その構想を一歩進める形で、連詩をもとに日独の三人の作曲家で「連曲」するという大作に挑みました。テキストは、大岡信、谷川俊太郎、H.C.アルトマン、O.パスティオールによる連詩、「ファザーネン通りの縄ばしご」(訳/福沢啓臣、エドゥアルト・クロッペンシュタイン)。

 「ファザーネン通りの縄ばしご」の全体は40篇から成りますが、今回の新作で選んだのは第33〜38の6篇。作曲の担当配分は以下によります。

 1曲目(桑原作曲)33篇(詩/谷川)日本語 → 2曲目(フェルム作曲)33篇ドイツ語翻訳詩 ↙︎
 3曲目(フェルム作曲)34篇(詩/オスカー)ドイツ語 ↙︎
 4曲目(フェルム作曲)35篇(詩/H.C.)ドイツ語 → 5曲目(桑原作曲)35篇日本語翻訳詩 ↙︎
 6曲目(桑原作曲)36篇(詩/大岡)日本語 → 7曲目(川島作曲)36篇ドイツ語翻訳詩 ↙︎​​​​​​​
 8曲目(川島作曲)37篇(詩/オスカー)ドイツ語 → 9曲目(川島作曲)37篇日本語翻訳詩 ↙︎
 10曲目(川島作曲)38篇(詩/谷川)日本語

 33篇の谷川さんの詩を私の作曲ではじめ、同じ詩のドイツ語訳をマークさんが書く。オスカーさんとハーツェーさんの詩のやり取りはドイツ語で行われていると考えられるので、そのままマークさんが35篇まで作曲。35篇のハーツェーさんの詩の日本語訳は私が書き、私は次の36篇の大岡さんの詩まで作曲。というわけで、6曲目までは、日本語での解釈が続く部分を私、ドイツ語での解釈が続く部分をマークさんという分け方で担当しました。36篇の大岡さんの詩のドイツ語訳からは川島先生にバトンタッチです。

 私は、とにかく詩の言葉を言葉が求めるように音にのせてあげること、つまり、まず謡の節付けをしっかりとやり、そのうえで楽器の音との関係性を緊密につくることを第一義に作曲しました。​​​​​​​
 能楽師の坂真太郎さんには、実は2007年にお世話になっていて、能謡、フルートとチェロのための《片腕》を初演していただきました。今回、長年の念願がかなって、また作品を謡っていただくことができました。能謡をあらためて勉強し、記譜についても試行錯誤したのですが、多くを説明せずとも、私のつくった節付けを読み取ってもらえるような楽譜をつくれたことに、大きな手応えを感じています。以下は1曲目のスコアのある1ページで、囲っているのが能謡のパートです。能謡も、他の楽器群と同じように、スコアのなかに記譜しています。

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 また、曲を書きながら考えていたのは、今回の作曲は詩のテキストがあるので、それのインスピレーションだけで曲は書けてしまう、連曲として全体を形づくるには、かなり意識的な操作をする必要がある、ということでした。冒頭ですべてを語り尽くしてはだめ、1曲目は、そのあと起こる何かを予感させるような、何者でもないような音楽(チェロの竹本聖子ちゃんがそう表現してくれました)になりました。マークさんの4曲目を受けた5曲目では、ベタですが、マークさんの用いたリズムや音の動きを引用して作曲しました。それでも、4曲目は西洋楽器だけのアンサンブル、5曲目は雅楽だけのアンサンブルなので、印象はかなり違います。また、私の受け持った1曲目、5曲目、6曲目の三曲で、序破急を構成するよう考えました。

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 さて、配信についてですが、期間がちょっと複雑に設定されていますので、ご注意ください。本日11日から始まった第1回は17日まで、その後情報が一度更新され、18日から第2回が始まります。各期間内、チケットをご購入いただいたら、何度でもご視聴いただけます。チケット販売期間についてもご注意ください。

 第1回配信期間/2021年3月11日㊍10:00〜17日㊌23:59
 第1回配信チケット販売期間/2021年3月11日㊍10:00〜17日㊌15:00

 第2回配信期間/2021年3月18日㊍10:00〜24日㊌23:59
 第2回配信チケット販売期間/2021年3月18日㊍10:00〜24日㊌15:00

 視聴チケットのご購入で、当日配布されたプログラム冊子から抜粋された内容がpdfで閲覧できます。また、当日配布されたプログラムは、国立劇場売店でオンライン販売されています。
 →store.shopping.yahoo.co.jp/bunkadou/3-66.html 
 
とても立派な冊子で、内容の充実ぶりに目を見張ります。資料として、とても貴重ですので是非。

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 あらためて、各演目の配信のリンク先です。

 演目A:3月5日開催 中世の部/「梁塵秘抄」より
 →eplus.jp/Ryojin_Hisho/

 演目B:3月5日開催 現代の部/ジョン・ケージ 《RENGA》
 →eplus.jp/RENGA/

 演目C:3月6日開催 中世の部/「五節間郢曲事」より
 →eplus.jp/Gosechi_no_Aida_no_Eikyoku_no_Koto/

 演目D:3月6日開催 現代の部/川島素晴・Marc David Ferrum・桑原ゆうによる共作《ベルリン連詩 Ⅱ》
 →eplus.jp/Berlin_Renshi2/

 配信時間/各演目約55分
 料金/各演目 1,500円(税込)

 また、日独交流160周年を記念して、ドイツ在住者に限り、無料で視聴できます。視聴をご希望の方は、以下フォームよりお申し込みください。
 →forms.gle/brfWZFfF6scfEiW69

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 歴史的な企画に関わることができ、素晴らしい演奏をしていただいて、ほんとうにうれしかったです。なにか感慨深くて、終演後みなさんにツーショットをお願いしてしまいました。カーテンコールの舞台裏からの写真は小沼さんが撮ってくださっていました。

 

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 松平さんには、2019年6月にも国立劇場委嘱作品の初演でお世話になっていて、そのときに終演後、全員で写真を撮ったのと同じ場所で、ふたりで撮ってもらいました。富太郎さんも「うたげ」を楽しんでくださっていたらいいな。​​​​​​​