桑原 ゆう
8Jun2019_国立劇場令和元年6月邦楽公演「日本音楽の流れⅢ ― 三味線 ―」
新作委嘱《夢のうき世の、うき世の夢の 》
善竹富太郎さん、大藏基誠さん、岡村慎太郎さん、田中奈央一さん、松平敬さん、金沢青児さん、本條秀慈郎くん、素晴らしい初演をありがとうございました。本條秀太郎先生には、楽譜から音にしていく過程で、多くの貴重なアドバイスをいただきました。再演の機会があることを切に願います。


今回、地歌、三味線のパートは五線譜で書いています。狂言謡のパートは三線譜で記しました。以下、プログラムに載せた作曲ノートです。
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桑原ゆう: 隆達小歌による《夢のうき世の、うき世の夢の 》
《夢のうき世の、うき世の夢の》は、 三味線音楽の源流である「うた」を大きなテーマとし、 うたと器楽の「あわい」、中世と近世の「あわい」に思いを馳せ、そこに現代的な視点をも加えるようにして、三つの声(狂言謡、地歌と声楽)と三味線のために作曲された。テキストには、隆達小歌より選んだ以下の十一首の歌を用いている。
あら 何ともなの うき世ぢゃの
つれなれかれし なかなかに つれなれかれし
うき世は夢よ 消えてはいらぬ 解かいのう 解けてとけてとかいの
夢のうき世の露の命のわざくれ なり次第よの 身はなり次第よの
何ともなればならるる物を とやしら かくやしら ああただ ああただ
花よ月よと暮らせただ 程はないもの 浮世は
月よ花よと暮らせただ 程はないもの 浮世は
月よ花よと遊ぶ身でもな あただ うき世を捨てかねる
泣いても笑ふてもゆくものを 月よ花よと遊べただ
おもしろの春雨や 花の散らぬほど降れ
おもしろの春雨や 花の散らぬほど降る
制作担当の方の提案で読み始めた隆達小歌集であったが、一度読み終えた時点では、その良さがいまいちわからなかった。恋の歌が多いのもあって、私にはあまりに通俗的に感じられてしまったのだ。それでも、毎日のように声に出して読み、同時に、隆達小歌について研究された資料に目を通すことを続けていると、三周目を読み終える頃、歌の背後に中世の庶民の気持ちが透けて見えるような気がしてきた。内容の多くが恋の歌を占めるのも、それが当時の庶民にとって如何に切実であったかを示しているのであろう。よくよく考えると、いまも、いわゆる流行りの歌は恋の歌ばかりだ。
そうして、数多の歌のなかから先述の歌を選りすぐった。いつの時代も人々が抱える、普遍的な問いのうえに生まれた歌たち。キーワードは「浮き世」である。選歌の理由は他にもいくつかあるが、対になっている歌は意識的に選んだ。隆達小歌集をながめていると「花よ月よ」「月よ花よ」の歌のように、語順を入れ替えただけの別の歌が、対になって収録されているパターンを多く見つけることができる。二つの対象を入れ替えて歌が成立するということは、二者が同等であり、且つ、相互に関連するということだ。この気づきが、私に具体的な作曲のイメージを与えてくれ、《夢のうき世の、うき世の夢の》というタイトルを付けるに至った。夢から浮き世を見るのと、浮き世から夢を見るのは同じこと。夢の中に浮き世があり、浮き世の中に夢がある。『生の中に死が、死の中にも生があり、それらが眼差しを送りあっている』(内藤礼) 、夢と浮き世の「あわい」の状態が、うたと器楽の「あわい」、中世と近世の「あわい」と重なった。
楽曲の全体は、序破急を念頭に置き構成されている。先述の歌のうち、小歌にあたるものは主に狂言謡に、草歌にあたるものは主に地歌に割り当てられているが、両者は相互に働きかけ、最後には同じ旋律を歌う。声楽は主に、三味線の絃の余韻を強調するような役割を担う。歌がうたい三味線が伴奏し、歌が伴奏し三味線が歌う、隆達小歌の「あわい」の世界を、此処に感じていただけたら…。




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国立劇場 6月邦楽公演「日本音楽の流れⅢ ― 三味線 ―」
琉球三線 「十七八節(じゅうしちはちぶし)」
歌三線=新垣俊道
地歌 「琉球組(りゅうきゅうぐみ)」
歌三絃=菊央雄司
解説 三味線の種類
新垣俊道(琉球三線)
菊央雄司(地歌三味線)
杵屋栄八郎(長唄三味線)
清元栄吉(清元三味線)
鶴澤藤蔵(義太夫三味線)
長唄 「越後獅子(えちごじし)」
唄 =今藤政貴
三味線=杵屋栄八郎
囃 子=堅田新十郎 ほか
清元 「道行浮塒鷗(みちゆきうきねのともどり) ―お染―」
浄瑠璃=清元清榮太夫
三味線=清元栄吉 ほか
義太夫 「ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき) 逆櫓の段」
浄瑠璃=竹本織太夫
三味線=鶴澤藤蔵
解説 三味線のひろがり
杵屋佐吉 ほか(古近江・豪絃)
山中信人(津軽三味線)
橋口晃一・寺原仁太(ごったん)
新作委嘱初演 作曲=桑原ゆう
現代曲「降達小歌による 夢のうき世の、うき世の夢の」
歌 Ⅰ=善竹富太郎・大藏基誠
歌 Ⅱ=岡村慎太郎・田中奈央一
歌 Ⅲ=松平敬・金沢青児
三味線=本條秀慈郎
解 説=野川美穂子(東京藝術大学講師)
2019年6月8日(土) 開演14:00 (開場13:30)
@国立劇場小劇場 (東京都千代田区隼町4-1)
www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2019/6137.html?lan=j