桑原 ゆう

2016 13 Feb

エレクトーンソロ作品の映像がアップされました

昨年末に市川侑乃さんのリサイタルで改訂初演された《月すべり》が、youtubeにアップされました。



《月すべり》は、彼女の1回めのリサイタルのときに委嘱をいただいて書きましたが、なかなか形にならず、本番の2日前くらいにでっちあげるようにしてなんとか完成し、そのまま初演をしていただく、というとんでもなく迷惑なことをしてしまいました。そのとき自分に課したものがまったく消化できず、とても心残りでしたので、今回最初からほとんどつくりなおすように改訂しました。改訂初演と言いながら新曲初演みたいなものでした。

私が子供のころから1番馴染んできた楽器はエレクトーンで(ピアノをちゃんと始めたのは中学生後半のときと、遅かったのです)、エレクトーンで最初期の音楽の勉強をしてきたことが今の私の耳をつくっているのに間違いありません。エレクトーンコンクールに出ていたときも、そのときの自分なりにエレクトーンならではの音楽を作ろうとし、ある程度やり尽くした感じがあったので、作曲をする者として久しぶりにエレクトーンに向き合い曲を書くのは大変難しかったです。

エレクトーンはやろうとすれば何でもできる楽器ですが、何かひとつの要素にフォーカスしようと思い、今回はエレクトーンの鍵盤の大きな特徴であるホリゾンタルタッチ(鍵盤を左右にずらすタッチ)とアフタータッチ(鍵盤を一度下に押して、さらに深く押し込むタッチ)によるポルタメントだけを徹底的に扱うことにしました。演奏者は打ち込んだリズムパターン(もちろんこれはスコアにしっかり書いてあります)を流しながら、それに合わせて微妙にピッチのずらされた(これもスコアにセント単位で指定をしてあります)ポルタメントをつないで演奏していきますが、1小節ごとに拍子が違い、リズムも違い、且つ、容赦なくテンポが変化していきます。完全に正確に進行していくリズムパターンに煽られながら、鍵盤を左右にずらしたり押し込んだり、その身体の動きの連続から、次第に舞のようなものが立ち上がったらいいなと思いました。

タイトルの「月すべり」は草野心平の「河童と蛙」からの引用で、ポルタメントの「すべる」音から連想されています。新しい作曲の方法を模索している時期でもあって、今までにしたことのない作曲の仕方を試してみたのですが、ひとつの要素を徹底的に展開し、自分でも得体の知れない、というか、とらえどころのないものが少し出てきたことが、むしろ面白く、またとても嬉しく思いました。そのぶん、ちょっと不思議で聴きにくい曲なのかもしれないですが... 緊張感のある素晴らしい演奏をしてくれていますので、ぜひ聴いてみてください!

この日の演奏会はどの演奏もすばらしく、どの作品もそれぞれのエレクトーンに対する視点が明確で大変面白かったです。なんだかとても清々しい気持ちになり、大きな満足感がありました!