山田 晶子
「美意識」と社会潮流
【社会潮流】は、ファッションに示唆を与えてくれる…
第2回で、ファッションの経糸は、【理念・思想・精神⇒「哲学」や「気概」】、緯糸が【社会潮流】という観点で、お話を進めたのですが、《経糸》となるものに、忘れてはいけない重要なものがまだありますよね。お気に入りを着用していた時に「ワァー、キレイ!!」 「何て美しいの!?」と言われるのは、装いの醍醐味。 【美】! そこに「知覚反応のある意識」が加わると【美意識】。 単に表層的な豪華さではない、濃密な高揚感が、純度高く重なり合い…。
ものの本(出典:ブリタニカ国際百科事典小項目事典)によると、
「先験心理学的立場では、美の生産を行なう特殊な統一的意識」であり、
「存在論的美学では,理念としての美の認識を頂点とし,感覚的快美感を底辺とする構造の意識全体」を指すそうです。
「美の生産を行なう特殊な統一的意識」・・・これって、ブランディングやデザインやMDのこと・・・?
「理念としての美の認識を頂点とし,感覚的快美感を底辺とする構造の意識全体」・・・これって、時代潮流に根差した、ディレクションを具現化すること・・・? 2次元だったデザインが、3次元の洋服になり、作り手の情熱と、袖を通した人の想いが重なって4次元の化学反応になるということ・・・?
そういえば、こういうことをひとり(もちろんチームスタッフは存在してはいますが)で、行なっていた人がいましたね。 The man named Tom Ford! 彼の美意識が半端ないことは、ひそやかに、しかし、強く囁かれてはいましたが、彼の「仕事」を、重要な《経糸》【美意識】の観点から見ていきましょう。
■ 一世を風靡したSuper Creative Director
Tom Fordは学生時代、アートや建築を学びつつ、NYのパーソンズで学んだことにより、ファッション業界への興味が強くなり、働きたいと考えるようになったとのこと。 NYで数ブランドを経験、1990年NYからMILANに移り、Gucciウィメンズ部門のデザインを担当。その才能が認められ94年、Gucciのクリエイティブ・ディレクターに就任する。 …ちなみに、今をときめくGucciディレクター、アレッサンドロ・ミケーレは、02年トムに見出されて、Gucciデザインオフィスに入社。06年にはレザーグッズのデザイン・ディレクターを務めていたという。 やはり、彼は、光る原石を発掘する審美眼も持っていらしたのですね…。
話は戻り、94年ディレクター就任後10年間で、Gucciの売上高を約13倍にさせたという話は、業界の伝説となっている。 当時の彼のインタヴューや、近くで彼の動きを見守っていた方の談によると、
「昨日の売上レポートは目を通したら、即座に廃棄。 過去からは何も生まれない。」
「常にデザインチームと動きを共にしていた。 彼の眼に触れないで、世間に発表されるデザイン(商品)はなかったのでは?」
「常にGucci顧客の生活スタイルを研究。彼らの生活に必要と思われるアイテムはGucciとして新規開発。トムの在籍時代が、最もGucciのアイテム数が拡大された時代だったのではないか?」 etc…
トムは、「美の生産を行なう特殊な統一的意識」のもと、「理念としての美の認識を頂点とし,感覚的快美感を底辺とする構造の意識全体」をつかさどって、多くの人々の支持を得た結果として、10年間で13倍の売上を打ち立てたのかと思われる。


画像:出典Pinterest
■「映画」という手法の「ブランド」
トムは、2009年「シングルマン」、2016年「ノクターナル・アニマルズ」と、現在までに、2本の映画を監督している。 彼の【美意識】は、「映画」というフィールドでも、華麗に荘厳に炸裂している。
≪カラー&質感≫
このファッションに無くてはならないエレメントが両作品では惜しみなく展開され、観る者を幻惑させる。
それは、鳥肌が立つほどの美しさ…
その≪カラー&質感≫は、登場人物のファッションはもちろん、部屋で揺れるカーテン、建造物、紙の質感、自然界の数々…、空間を取巻くありとあらゆるもの全てに、アイデンティティを与えていた。
トムに造詣が深い、あるデザイナーの方が、「それぞれにキーカラーがあって、<シングルマン>はSea Green、<ノクターナル・アニマルズ>はCarmine Red。」 と語ってくれた。 確かに…! 各作品の主人公の魂の色や質感を象徴するような≪Sea Green≫と≪Carmine Red≫。 ほぼそれは、ブランドアイデンティティを表現するような≪カラー&質感≫。
かと言って、この両作品は、ファッションデザイナーが余技で制作したレベルの作品ではなく、映画界の数々の賞を受賞しており、後者は「べネツィア国際映画祭 審査員特別賞(実質的に第2位)」を受賞している。 それほどまでに、深くて重く美しい映画である。
それは、異なる2つのブランドの様であり、前者は「美しい肉体があってこそ、素材が寄添い、人間性が表出される静かで深いブランド・アイデンティティ」を放ち、後者は「人の魂がこめられた物質の美しさが、煩悩ある人間を救い、浄化に向かわせてくれるブランド・アイデンティティ」を奏でていた。 前者は「人のすべてを慈しみ、感情の機微を≪カラー&質感≫で表現したブランド」であり、後者は「欲にまみれた人という生き物を、魂の物質たちの≪カラー&質感≫でバランシングしたブランド」であった。
やはり、ここでも、彼は、Creative Directorである! と痛感する。
トムは、現在も、自身のシグネチャーブランド「TOM FORD」のディレクターではあるが、非常に限られた顧客のためのブランドである。
彼の【美意識】は、現在の【社会潮流】においては「映画」という手法でこそ、多くの人々に伝えられるものなのかもしれない。



画像:出典Pinterest
■ファッションにおける普遍性
トムのGucciにおけるファーストランウェイショー(95FW)を初めとする、初期のコレクションは、現在の【社会潮流】にもつながるものがあり、男女モデルが登場、ほぼジェンダーフリーなスタイリングは「人」としての個性を彩っている。 もちろん、当時の【社会潮流】からの、「人」と「洋服」の関係性は感じられるが、ある意味【本質】を突いていることから、この、時代の転換点となる現在の【社会潮流】とも、呼応していると思われる。



画像:出典Pinterest
また、トムは臆面もなく、「正直、裸が一番美しい」と語ったり、「よい着こなしは、よい態度を生む」とも語っている。
彼ほど、「人」が持つ、「肉体」と「人間性」を重要に思い、【社会潮流】をベースに、《経糸》となる【美意識】で、形としたデザイナー(ディレクター)も、なかなか見掛けない。
彼は、一般的に、世間で「マーケティング」とか、「マーチャンダイジング」と呼ばれていることを、前述したGucciのCreative Director時代に、【社会潮流】と【人】をベースに、【美意識】で具現化していた様に見受けられる。
過去のデータは、見たとたんに捨てていたTom Ford…
【社会潮流】を深掘りしていた者にとって、≪未来≫は予測するものではなく、創るものへと姿を変えていたのだろう。
これは、Tom Fordのみが成し得る特殊性なのか…?
そうとは、言いきれない。 彼は非常にシンプルな行動を、【社会潮流】と【人・顧客】をベースに、積み重ねていた。 彼の手法を学ぶことにより、それは「特殊性」ではなく「普遍性」へと姿を変える。
そして、【美意識】という《経糸》を常に紡ぐこと、これを怠っていると、顧客を魅了するファッションの具現化へとは、繫がりづらい…ということ。 これは現在の我々が、精神と頭脳に刻み込みたい事実のひとつではある。
【社会潮流】は、ファッションが向かうべき方向を示してくれ、21世紀のファッションビジネスに活路を与えてくれます。
では、また次回!
【社会潮流】の深掘りを致しましょう…!!