小島 健輔
洋服の価値って何だろう?
半世紀もこのギョーカイにいると『洋服の価値って何だろう?』と年々、懐疑的になって来る。その要因は「製品」としての価値の半減とユーザーサイドへの価値の移行にあったと思う。
■最終消化率も製造原価率も半減
私がギョーカイに入った70年代はマンションメーカーの最盛期でDCブランドが芽生え始めていた頃だが、アパレル流通は糸から製品まで国内完結の垂直分業(卸し流通)でテキスタイルも製品も「買取」(支払いは手形や分割だったが)が当然とされ、各段階で需給調整が成り立っていた。それゆえ今日のような過剰供給とはならず、期末バーゲン後の最終消化率はギョーカイ全体で99%に近かった。
90年代にグローバル水平分業の奔流に押し流されて国内生産が空洞化、定期借家契約導入後の00年代にはナショナルチェーンからSPAに世代交代し、今日ではSPA事業者にリスクも利益も集中して需給調整の効かない水平分業がアパレル流通の主流となって需要に倍する過剰供給が定着。店頭やECでのセールに加えファミリーセールやアウトレットで叩き売っても過半が残るという異常事態が続いている。
ゆえにギョーカイは99%消化していた70年代頃に比べれば倍近い利幅がないと利益が残らず、アパレル製品の製造原価率は70年代の40〜50%から今日では16〜36%と20ポイント近くも切り下げられてしまった。消費者から見れば原価がほぼ半減された訳で、お値打ち感の低下は著しく正価で買う方が例外になり、アウトレット、レンタル、リユースなど様々な二次流通の蔓延を招いている。
近年、中間搾取を排してD2Cを標榜する様々な試みが広がって来たのは必然だが、受注先行の無在庫販売かIoT軸の無時差生産でないと水平分業の限界は出られない。イージーオーダーが突破口となったのも必然だと思われる。
■価値は誰が決めるのか
洋服の価値は1)「素材」「デザインとパターン」「縫製・編み立てと成型」の「ものづくり」、2)「見せ方と売り方の販売」「決済」「物流」の「流通」、3)「着こなし」「着まわし」の「使用価値」から形成される。1)は「作り手」、2)は「売り手」、3)は「使い手」の創造する価値と位置付けられよう。
このバランスに合理性が問われるが、70年代は「作り手」「売り手」の拮抗した熱気がファッション誌を介して「買い手」を舞い上がらせ、80年代はDCブランドなど「作り手」が突出してアパレル業界とメディアがBC間情報格差を仕組む“ファッションシステム”が確立された。
90年代はアパレル生産の海外移転とデフレが進む中、ナショナルチェーンやSPAが台頭して「売り手」とストリートの「買い手」に主導権が移った。00年代は定期借家契約導入を契機に「売り手」の元締めである「アナログ・プラットフォーマー」(商業施設デベ)が主導権を握り、「売り手」も新手のカジュアルSPAチェーンやセレクトSPAチェーンに世代交代。ファストファッションなどグローバルSPAが台頭したのも束の間、10年代は「デジタル・プラットフォーマー」(ECモール事業者)とSNSに覇権が移行している。
「作り手」から「売り手」「使い手」に主導権が移るに連れ洋服の創造性は失われ、その分、「使い手」側の「着こなし」「着まわし」余地は広がったが、近年の国民総動員労働力化(少子高齢化による社会負担増が要因)で核家族的家事分担が崩れて衣服のイージーケアが必須条件となる中、「着こなし」は緩く楽チンなユーティリティ志向(イージーケアと抜け感)に流れ、通な「使い手」はストリートやユーズド、ヴィンテージに活路を求めている。
■「使い手」のローカルな着こなし着崩しが心地よい
一時は一世を風靡した外資SPAだが、欧米的なトレンドやフィットが日本市場とは噛み合わず撤退が相次ぎ、メジャーなグローバルSPAも軒並み既存店売上を割り続けている。商業施設デベ業界は次はどこが撤退するのかと疑心暗鬼状態で、日本市場のローカル回帰とテロワールな多様化を象徴している。
そんな日本人固有の「着こなし」にはキモノの着流し感覚が通底しているように思えてならない。欧米人の着こなしはボディコンシャスに偏って着こなし着崩しの妙を欠き、イタリア男のピッティスタイルなど「腸詰男」と揶揄したくなるほどパンパンだ。ファッション誌を見てもランウェイを見ても多くはジャストサイズな服に着られているだけで個人としての着こなし着崩しのキャラがなく、はっきりダサイとしか感じない(服のクリエイション評価は別です)。街の空気に溶け込むフツーの人々の自分らしい着こなし着崩しの方が余程、心地よく感じられるのは私の偏見だろうか。
ギョーカイとファッションシステムはもはや生活者の実感から乖離し、村の中だけの論理で完結する芸能界のようになった感さえある。その分、マーケットの支持を失っていくのも必然なのではないか。
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