小島 健輔

2019 29 Jan

クリエイションとマーチャンダイジング

 

 「クリエイション」と「マーチャンダイジング」は相反するスキルと思われがちだが、現実のビジネスでは密接に関連している。表層的には『オリジナルなクリエイションをプロモーショナルに増幅展開するのがマーチャンダイジング』と定義されそうだが、ライセンスMDならともかくダイレクトにMD展開するにはマーチャンダイジングにも相応の創造性と工学的知見が必要だ。

 「クリエイション」を因数分解不能な“アート”のごとく神格化したがる風潮があるが、造形技術や生産技術に立脚するプロダクト・プランニングと見るべきで、過去半世紀の名だたる既製服デザイナーに共通する造形技術基盤は以下の4タイプに分かれる。

1)オートクチュール系
  立体的な人体を平面的な素材でボディコンシャスに纏うトワルの美学に立脚する王道的クリエイションで、既製服にもその美学とスキルが通底している。 

2)アーキテクト系
  立体的な人体をコンポーネンツ化した機能素材アイテムでモジュール的に纏う建築的クリエイションで、造形と生産が直結する工業的な美学とスキルが異次元の効率を可能にする。

3)リ・コンストラクト系
  立体的な人体を平面的な素材でキモノ的に再構築して纏うリメイク的クリエイションで、解体と再構築の美学とスキルがアヴァンギャルドな異彩を放つ。

4)ハンドクラフト系
  織りや染め、製品加工で手作りの風合いや着心地を追求する職人的クリエイションで、造形的にはリ・コンストラクト系に近いが伝統的なアーキテクト系スキルも交錯する。

 60年代のプレタポルテ・デザイナーはオートクチュールの造形にスポーツウエアの機能性を取り入れて量産向けにデフオルメ(今から見ればアニメっぽいね!)したが、70年代に登場したアーキテクト系とリ・コンストラクト系のデザイナーはオートクチュールの造形文法を否定して今日に続くクリエイションの世界を切り開いた。その革命性と比較すれば、80年代に登場したデザイナーはボディコンシャスなクチュール工学を挑発的に誇張したに過ぎないと言えば叱られるだろうか。

 90年代以降はカジュアルウエアとスポーツウエアが交錯してストリートの使い手が「ウエアリング」をリードするようになり、服を造形する「クリエイション」の領域は急速に限定されていった。創り手側の「クリエイション」から使い手側の「ウエアリング」への覇権の移行を象徴したのが創り手側のギブアップ宣言たる「ノームコア」だったことは言うまでもない。新たなウエアリングが次々とストリートから生まれる一方、ランウエイのモードは過去のアーカイヴを反芻編集するばかりで、もはや革命は生み出せなくなった。

 そんなパリピな世界に比べれば、ハンドクラフト系は伝統工芸から手作り・リメイクまで、それぞれのフアンに支えられ、時代に流されない土着のクリエイションとして定着している。そこに革命性や効率を求めるのはお門違いだろう。

 

 造形技術と生産技術を連携するプロダクト・プランニングという点ではアーキテクト系が突出しており、シーズンを通してほぼ単一の素材からプリーツ加工のバリエーションでデザイン&カラー展開される「プリーツ・プリーズ」は生産効率のみならず販売効率もスーパーブランド級に高い。汎用性も高く、今日の“ゆる抜け”なウエアリングにも容易に適用できる。

 リ・コンストラクト系とハンドクラフト系は生産効率が低く割高になりがちで、リ・コンストラクト系は販売効率も安定を欠く(ブレイクすることもあるが波が大きい)。人体とトワルの融合を追求してコレクションを構成するオートクチュール系は生産効率も流通効率も低く高価になりがちで、顧客のプロポーションも選ぶからマーケットが広がりにくい。その壁を越えるのがライセンシングによるトレード・オフ(簡略化)とローカライズだが、ブランディングには課題が残る。

 

 服飾文化としてのクリエイションはともかく、量産既製服としての生産・流通・販売の効率を図るマーチャンダイジングの視点からは別の見方もできる。クリエイションをビジネスとして軌道に乗せるにはウエアリングから生産工程まで必然につながるマーチャンダイジングとロジスティクスの工学的設計・制御が不可欠だと思うが、クリエイティブな方々は興味を持ってくれるだろうか。4月になったらマーチャンダイジングの創造性と工学的設計・制御にとことん突っ込むセミナーを開催しよう。
 
 
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