久保 雅裕

2019 16 Mar

時代の寵児、マックイーンの姿に迫る映画『マックイーン:モードの反逆児』

©Salon Galahad Ltd 2018

もう15年以上前の事になるが、ミラノでシンプルかつプレーンなグレーのスーツを購入した。なんの変哲も無いシングル3つボタンだったが、ストレッチが入り、スリムなパンツは見事に痩せて見える(とは言え筆者では限界があるが、でもその頃は今よりもう少し痩せていた)。その1着が唯一、私の持っているアレキサンダー・マックイーンである。テーラー上がりだから、それはそれでマックイーンらしいのかもしれないが、やはり型破りなショー演出やアバンギャルドさを真骨頂としていたイメージからは、当時、店頭で試着してみて、意外な印象を持った記憶がある。

さて、27歳という若さで「ジバンシィ」に抜擢され、見事に自身のクリエーションを老舗メゾンで昇華させた稀有な存在でもあった。そして何より自死という結末も当時、業界内で衝撃的に捉えられたものだ。老舗メゾンではクリエーティブディレクターやチーフデザイナーがお針子と食事を共にするなど考えられない事だったが、労働者階級出身のマックイーンからしてみると自然な事だったのだろう。階級社会をバックボーンに持つメゾンに被支配階級出自のデザイナー、才能という唯一共有しうる価値で繋がる事で新しい価値を生み出した事例とも言えるが、基本的には現在のメゾンにとって、デザイナーは駒でしか無い事も事実。昨今の交代劇を見ても例を上げるに枚挙に暇がない。

さて映画『マックイーン:モードの反逆児』は、多くの貴重なドキュメンタリー映像から成り立っている。本人映像もさることながら、周りの人々が語るマックイーン像や思い出の数々。そうして彼の姿が浮き彫りにされていく。ドキュメンタリーの楽しさは、兎にも角にもリアリティーだ。自身の中にある断片的な知識や理解がジグソーパズルを組み上げるようにクリアになって行く。ドラッグ、沢山のコレクションをこなすプレッシャー、彼を見出したイザベラ・ブロウの自殺、そして母の死。果たしてそれらが真の理由なのか? 愛する母親の葬式前日に人生を自ら閉じたマックイーン。本人以外には分からない、計り知れない事なのだと組み上がらないパズルのように、心にオリとなって残ってしまった。4月5日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー。