桑原 ゆう

2016 09 Jan

スパイラル声明公演の作曲について

今日、明日といよいよ、スパイラル聲明シリーズ vol.24「螺旋曼荼羅海会」の初演となります。私にとってとても大事な公演で、いつにもまして緊張します... その作曲について書いてみます。

初めて声明というものを認識したのは、2009年2月の酒塚250周年祭酒塚涅槃会 (沼津市日緬寺) のために声明作品を書くことになったときでした。その2、3年前に初めて能に触れ、能の謡のための作品を書き、日本の言葉の音の響きやリズム、日本語を発声すること自体に興味を持ち始め、文化の古今と東西をつなぐ試みを続けることが今後の自分の創作の重要なテーマになるだろうと感じ始めた時期で、声明という日本の音楽の根本に挑むことに大変なやり甲斐を感じました。そして、20名の日蓮宗を主としたお坊さまと2名の仏具打楽器奏者のための「レクイエム」という約20分の作品を書きました。
残念ながらその作品はそれきりになってしまいましたが、その後も声明の勉強を続けたいと思っていた時に偶然見つけ、初めて聴きに行ったのがちょうど5年前のスパイラル聲明コンサートシリーズでした。その鳥養潮先生の「阿吽の音」に大感激し、いつか私もこの空間でこんな作品を書けたら...と密かに想っていました。不思議な縁があって、その後すぐにお稽古や法要で継続して勉強させていただくようになり、今回念願の作曲の機会をいただきました。

今回の公演は「螺旋曼荼羅海会」と名づけられています。天台宗と真言宗の二箇法要 (にかほうよう: 云何唄、散華、対揚を法会の中心部の前にお唱えする) の曼荼羅供の形式からスパイラルガーデンの螺旋空間を立体曼荼羅に見立てる、という演出の田村先生からの構成の土台があり、唄に入る前の導入部分、古典が入って法要の中心部分、そしてその後もう一度古典が入った後の最後の部分を作曲するということになりました。テキストはネイティブアメリカンのナバホ族の創生神話に基づく儀式歌「夜の歌」「風の歌」を用いることになりました。ナバホ族の創生神話によると、われわれ人間の祖先は風の神がおつくりになり、その風のうずのしるしが、指紋に残っているということなのです。その世界観とスパイラルの螺旋空間と曼荼羅とが重なるわけです。


風の歌 (構成: 桑原ゆう)

深い海の下に 洞穴の口があって
あらゆる風はみな そこで生まれるのだ

すべて生きるものに 生命を吹きこむのは風
白い風の神 かれは海の下からやってきて
はるかな空の高みにまで 登っていく

かれはすっくと立って 腕をのばす すると
かれの一本一本の指先から 風が起こる

はじめに 白い風
つぎには 赤い風
それから 青い風
そして 小指からは 黒い風

すべて生きるものに 生命を吹きこむのは風
胎内に息ある限り 生命はある
これはみな風の神にあたえられた風なのだ
胎内の風吹きやむとき 人は言葉を失い
そして 死ぬ

白い風の神
かれがすっくと立って 腕をのばすと
かれの一本一本の指先から 風が起こる

はじめに 白い風
つぎには 赤い風
それから 青い風
そして 小指からは 黒い風

かぜは指先のハダに生命の息吹をあたえる
生命のうず
指先をじっと見るがいい
どの指先にも
風のあとのうずが 見えるだろう

 


夜の歌 (Jerome Rothenberg『Shaking the Pumpkin』より SOUND-POEM No.1)

オホホホ へへへ ヘイヤ ヘイヤ
オホホホ へへへ ヘイヤ ヘイヤ
エオ ラド エオ ラド エオ ラド ナセ
ホワニ ホウ オウオウ オウエ
エオ ラド エオ ラド エオ ラド ナセ
ホワニ ホウ オウオウ オウエ
ホワニ ホワニ ホウ ヘイエイエイエ エイエヤーヒ
ホウ オウオウ ヘイヤ ヘイヤ ヘイヤ ヘイヤ
ホーワ へへへ ヘイヤ ヘイヤ ヘイヤ
オホホホ ホウエ ヘイヤ ヘイヤ
オホホホ へへへ ヘイヤ ヘイヤ
ハビ ニエ ハビ ニエ
ハヒュイザナハ シヒワナハ
ハハヤ エアへオーオ エアヘオーオ
シヒワナハ ハヒュイザナハ
ハハヤ エアへオーオ エアへオーオ エアへオーオ エアへオーオ エアへオーオ

 

スパイラル聲明シリーズでは今までに「螺旋曼荼羅」という公演が2度あり、1度目は藤枝守先生が、2度目は寺嶋陸也先生が「風の歌」「夜の歌」に作曲されています。
「風の歌」は、お二人の先生が使われたテキストと、同じ神話をもとに作曲された間宮芳生先生の「白い風ニルチッイ・リガイが通る道」の間宮先生の構成によるテキストと、その全ての元になった、ポール・G・ゾルブロッド著、金関寿夫、迫村裕子訳『アメリカ・インディアンの神話 ナバホの創生物語』を踏まえ、作曲しながら再構成しました。「夜の歌」は、お二人の先生が使われたテキストと、引用元の金関寿夫著『魔法としての言葉ーアメリカ・インディアンの口承詩』には、さらにその元となったジェローム・ローゼンバーグの「SOUND-POEM No.1」(『Shaking the Pumpkin: Traditional Poetry of the Indian North Americas』より)</左></小></中>の前半のみとなっていたので、「SOUND-POEM No.1」の全文を『魔法としての言葉ーアメリカ・インディアンの口承詩』の「夜の歌」にならってカタカナに読み替えました。

「風の歌」「夜の歌」の3作目として同じテキストに作曲するわけなので、お二人の先生とは違うアプローチをしたいということと、今までに国立劇場やスパイラルシリーズのために作曲された新作声明をふまえ、自分なりの新しい視点を示したいという考えがありました。毎回こういう作曲で思うことですが、勉強すればするほど、古典の素晴らしさにはかなわないという気持ちはどんどん大きくなります。古典の節付けを自分なりに分析し分解し、その組み合わせのバリエーションとアンサンブルの面白さで、新しい音楽の形とリズム感を声明に持ち込んでみようと思いました。
でも、それよりももっと大事なのは、スパイラルの螺旋空間とナバホの創生神話の意味をつなげる法会の中心となる音楽をつくらなければならないということでした。ナバホの創生神話に描かれている、白と黄の二本のトウモロコシに風の神が生命を吹き込み、われわれ人間の最も古い祖先がつくられたときの儀式を、声明の形式で翻訳し再現するような作曲を目指しました。全体の構成から音の要素などの細部に至るまで、ナバホの創生神話とそれに基づく砂絵の儀式に学び、且つ、今回のテーマである「螺旋」にこだわりました。

「風の歌」「夜の歌」は砂絵の儀式につかわれるチャントなのですが、砂絵はこのように色々な色の砂をつかって描かれ、儀式が終わると消してしまいます。(「風の歌」「夜の歌」の砂絵はどうしても見つからず、画: フランク・J・ニューカム、テキスト: グラディス・A・レイチャード、構成: 鈴木晢喜、訳: 鈴木幸子『ナバホ「射弓の歌」の砂絵』より)

 

 

これは一例で、砂絵の構成にはいくつか種類がありますが、ひとつの砂絵のなかに世界全体とひとつの物語が閉じ込められています。どのモチーフにも、描かれる位置にも、すべてに意味があり、また、ひとつのイメージは頻繁に描かれれば描かれるほど強度を増していきます。曼荼羅にとてもよく似ています。
ナバホの創生神話とそれに基づく砂絵の儀式、砂絵自体から学んだことをもとに、まず冒頭の「職衆は四つのグループに分かれ、東、南、西、北の四方角をつかさどる」というアイデアが決まりました。神話にあるように東のかすかな声から始まり、次いで南、西、北と、声がめぐって音楽が動き出すようにしようと思いました。ナバホの創生神話においては、あらゆることがまず東から起こり、南、西、北の順に方角を変えて四度繰り返されるからです。四方角をスパイラルの空間とリンクさせ、観客席で音がめぐる様子を聴かせたいと、スパイラルにコンパスで確かめに行くところから作曲が始まりました。

法会の全体は、古典声明も含めて、螺旋と立体曼荼羅を合わせたような形を意識しました。昨年6月の常楽院での御影供で理趣三昧を体験したときに、私は法要の「この部分」をつくらないといけないんだ、と身体でわかりました。それまでも数回御影供を経験していたはずですが、そこでやっと自分の勉強が少し追いついて、体験と合わさったような感覚があり、自分のすべきことがわかり、作曲すべきものが具体的に見えてきました。

以下に全体の構成を表で示します。初めて声明を聴かれる方はどこが新作声明かわからないということもあるかもしれませんので、私の作曲部分は青色で示します。

<螺旋曼荼羅海会 全体の構成> (青色が、私作曲の新作声明の部分)

[新作声明 第1部: 約20分]
・夜の歌 A1
・風の歌 1
・夜の歌 A2

[古典声明: 約30分]
・法螺
・云何唄 (天台宗)
・散華 (天台宗)
・云何唄 (真言宗豊山派)
・散華 (真言宗豊山派)
・対揚 (天台宗)
・対揚 (真言宗豊山派)

[新作声明 第2部: 約30分]
・風の歌 2
・夜の歌 A3
・夜の歌 B1
・夜の歌 C1
・夜の歌 A4
・夜の歌B2
・夜の歌C2


[古典声明 省略形: 約5分]
・法螺
・云何唄 (真言宗豊山派) 省略形
・散華 (真言宗豊山派) 省略形
・対揚 (天台宗) 省略形

[新作声明 第3部: 約8分]
・夜の歌 B3
・風の歌 3

「風の歌」は散文風のテキストで、これは言葉の意味がしっかりと伝わらないといけません。表白を意識した講式風の節付けをし、ソロで唱えることに決めました。
「夜の歌」には大きく分けてA、B、Cの3つのバージョンを作曲しました。Aは、テキストを引き延ばし、四方位で受け渡して音がめぐっていく、そして、その間隔がだんだん短くなり、音域も螺旋をえがくように徐々に高くなり、少しずつリズムが生まれていく、というバージョンです。Bは、この作品で1番やりたかった部分、核となる音楽で、オホホホ ホホホ… という呪文のような言葉の音とリズムを最大限に活かそうとしたバージョン。Cは、読経のように唱え、行道を伴う動きのある部分です。上の表を見てお分かりの通り、「風の歌」「夜の歌」とも、少しずつ変化しながら何度かめぐって現れるようになっています。

また、「夜の歌」のB、Cでは、太鼓を用います。それは、音源を聴くことのできたいくつかのネイティブアメリカンのチャントが、ドラムのリズムとともに唄われていたことに基づいています。太鼓のセットは台から譜面台から何から何まで、太鼓師をつとめてくださる塚越さんがご用意してくださり、お稽古にも毎回持ってきてくださいました。この太鼓のリズムがないとお坊さまは唄えないという、とても重要な役割を果たします。

 

 

また今回、古典声明は、真言宗のお坊さまも天台宗のお坊さまも全員でお互いの声明をお唱えするという形がとられ、それも大きな聴きどころとなっています。

長くなりましたが、ナバホの世界観と曼荼羅と、そして螺旋を声明でえがくことに自分なりにこだわった作品で、スパイラルガーデンの空間のための作品です。このブログをヒントに、ぜひ本番をお楽しみいただければと思います。

 


スパイラル聲明コンサートシリーズvol.24 「千年の聲」
螺旋曼荼羅海会

日時: 2016年1月9日(土)、10日(日) どちらも20:30開演 (20:00開場)
会場: スパイラルガーデン (青山スパイラル1F)
料金: 前売4,300円 / 当日4,500円 (全席自由・入場整理番号付・税込)

『螺旋曼荼羅海会』
・法螺貝、古典声明 (云何唄、散華、対揚)
・「風の歌」「夜の歌」作曲: 桑原ゆう
出演: 声明の会・千年の聲 (迦陵頻伽聲明研究会と七聲会による)
構成・演出: 田村博巳
https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_1725.html

 

 

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旧ブログ "桑原ゆうの文化的お洒落生活のすすめ"はこちら (現在少しずつ記事を移行中です。)